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婚約破棄をする前に、まず法律を読もう。――この王太子、救いようがないほど自業自得です(笑)
異世界恋愛の婚約破棄ものが好きな方、調子に乗った王太子が華麗に転落するざまぁ展開が大好物な方。ぜひ読んでいただきたい作品です!
本作は、カヌーン魔導王国の特殊法監督局が管理する掲示板、通称「特殊法ちゃんねる」、略して「とくちゃ」を舞台にした掲示板形式のお話。
スレッドのタイトルは、【真実の愛】特殊法案件にならないために相談するスレ。
……はい、この時点でもう嫌な予感しかしませんね(笑)。
相談者は、幼い頃から決められた婚約者がいる王太子。ところが学院で出会った男爵家の庶子に恋をしてしまい、どうにかして彼女と結婚したいというのです。
婚約者の公爵令嬢は美人で頭もよく、自分を立ててくれる女性。対する恋のお相手は、自分を褒めて癒やしてくれる女性。しかも、相談文からして、王太子の判断基準がいろいろとお察しなのが最高です。
そして、ここからが本作の面白いところ。
普通の婚約破棄ものなら、王太子が婚約者を一方的に断罪し、真実の愛を叫び、周囲が騒然となって……という展開を想像するでしょう。
しかし、この国には特殊法がある!
しかも、王族だからといって特別扱いしてもらえるわけではありません。
掲示板の住人たちは、王太子の身元に早々に気づきながらも、掲示板のルールを守って淡々と相談に回答していきます。そのやり取りが実に痛快!
「王位継承権を放棄して平民になる」
最初からこれです。
いや、王太子殿下。あなた、自分が何を望んでいるのか、本当に理解していますか?
王位は継ぎたい。愛する女性と結婚したい。彼女を王妃にしたい。けれど、婚約者の実家が王家を支える政治的な基盤になっていることは理解していない。王妃になれる家柄の条件も、王族の婚姻に求められる責任も、まるで分かっていない。
掲示板の住人たちが次々と現実を突きつけていく様子に、思わず笑ってしまいます。
さらに、真実の愛のお相手であるブリギッタの実態が明らかになるにつれて、王太子の見る目のなさにも呆れるばかり。
貴族社会で求められる礼儀作法も教養も身についておらず、社交の場でも問題を起こしている。そんな彼女を王妃にしたいと言い張る王太子に対し、周囲の貴族たちは至極まっとうな指摘を繰り返します。
ここが、なろう系のざまぁ好きにはたまらないところ!
誰かが無理やり王太子を陥れたわけではありません。婚約者が陰湿な罠を仕掛けたわけでもありません。王太子自身が、自分の立場も責任も理解せず、欲望のままに発言しているだけなのです。
しかも、発言すればするほど墓穴を掘っていく。
読者としては「もう黙って!」「それ以上言ったら取り返しがつかない!」とツッコミを入れたくなるのですが、本人はまったく気づかない。この絶妙な噛み合わなさが、掲示板形式と非常によく合っています。
そして、婚約者のアドリアーナがまた素晴らしい。
彼女は王太子に執着して泣きわめくような女性ではありません。政略結婚であることを理解し、王族の義務を果たすために必要なことを冷静に考えられる人物です。
王太子が勝手に盛り上がっている一方で、彼女は彼の愛情を奪い合うのではなく、現実的な解決策を提示する。この余裕と合理性が、王太子との対比をいっそう鮮明にしています。
婚約者に捨てられたからこそ彼女が輝く、というより、最初から輝いていた彼女の価値を王太子だけが理解できていなかったのですね。
もちろん、ざまぁの結末も見逃せません。
掲示板であれだけ忠告され、問題点を次々と指摘されても、王太子は自分の望みを諦められない。結果として、廃太子され、王籍からも外されて平民に落ちることになります。
自分の都合のよい未来だけを信じ、周囲の助言をまともに受け止めなかった男の末路として、なんとも見事な自業自得です。
しかも、本作は単に王太子が転落して終わりではありません。
物語の後半では、掲示板でのやり取りをきっかけに、新たな魔道具の開発につながる展開も描かれます。婚姻や出産をめぐる問題において、誰に責任があるのかを明らかにできるようになれば、理不尽に責められてきた人々も救われる。
ひとりの身勝手な王太子が引き起こした騒動が、思いもよらない形で社会を変えるきっかけになるのです。
ここが個人的にはとても好きなポイントでした。
ざまぁでスッキリさせるだけではなく、特殊法という仕組みが社会の中でどう機能し、どんな人々を守っているのかまで見えてくる。世界観に厚みがあり、読み終えたあとにも「この国、なかなか面白いな」と思わせてくれます。
そして何より、掲示板の住人たちの反応がいい!
王族相手でも遠慮なくツッコミを入れ、必要な情報を出し合い、時には呆れ、時には冷静に助言する。匿名掲示板ならではの軽妙な空気があり、会話のテンポも抜群です。
次々と明らかになる事情に「そういうことか!」と納得したり、王太子の発言に「何を言ってるんだ、この人は!」と笑ったり。気軽に読み進められるのに、設定や制度がきちんと物語に結びついているのが魅力です。
婚約破棄、真実の愛、身分差、王太子の失脚、そして自業自得のざまぁ。
なろう系異世界恋愛のおいしい要素を、掲示板形式というひと味違った切り口で楽しめる作品でした。
恋愛感情を免罪符にして何でも許されると思っている人には、ぜひこの国の特殊法を読んでいただきたいですね。
愛を貫くのは自由。でも、責任から逃げられるとは限らない。
そんな当たり前のことを、これでもかというほど痛快に教えてくれる一作です。
スカッとするざまぁが読みたい方、頭の切れる令嬢が好きな方、そして掲示板形式の軽妙な掛け合いが好きな方におすすめ!
読み終えたあと、きっとこう思うはずです。
王太子殿下、恋をする前に、まず法律を読んでください(笑)。
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婚約破棄から始まる、王家乗っ取りの痛快な大逆転劇!
婚約破棄、悪役令嬢、愚かな王太子、そしてざまぁ。
なろう系異世界恋愛を読み慣れた方なら、冒頭を読んだ時点で「ああ、いつもの婚約破棄ものね」と思うかもしれません。
王立学院の卒業謝恩会で、王太子セレスティノが婚約者のベアトリクスに婚約破棄を突きつける。隣には、いかにも庇護欲をそそる男爵令嬢フローラ。さらにベアトリクスには身に覚えのない虐めの罪まで着せられ、王都追放を宣告される。
はいはい、またこのパターンですね。
……と思った方こそ、ぜひ最後まで読んでいただきたい。
この物語、婚約破棄をした王太子がざまぁされる話であると同時に、そもそも誰が誰を陥れようとしていたのか、という壮大な思惑の物語なのです。
◆◇◆
まず注目したいのは、婚約破棄劇の裏側です。
セレスティノの行動を見れば、傍目には愚かな王太子が恋に溺れて自滅したようにしか見えません。国家安寧のために結ばれた婚約を軽んじ、身分も立場も弁えず、証拠もないまま公爵令嬢を断罪する。次期国王としての資質を疑われても仕方のない振る舞いです。
ところが、周囲の反応がどこかおかしい。
国王ドロテオは激怒しながら、どこか嬉しそう。ベアトリクスは追放を宣告されても冷静で、周囲の高位貴族たちも大きく動揺しない。
普通なら、ここから婚約破棄された令嬢の反撃が始まるところでしょう。
しかし本作では、さらに視点を広げてみると、王太子の廃嫡を喜んでいる者がいる一方で、彼の失脚を当然の結末として受け止めている者たちもいることが見えてきます。
そして明かされる、国王ドロテオの事情。
彼はそもそも正統な王位継承者ではありません。亡き兄王の遺児であるセレスティノが成人するまでの、あくまでも暫定的な国王。しかも、セレスティノが学院を卒業すれば譲位するという約束まで交わしていたのです。
つまり、ドロテオにとってはセレスティノの存在そのものが邪魔だった。
王太子の婚約破棄騒動は、単なる恋愛沙汰ではありません。自分の欲望を満たしたい国王夫妻と、その周囲に集まる権力欲にまみれた貴族たちが、王位を手に入れるために仕掛けた謀略だったのです。
もっとも、その謀略があまりにも稚拙なのが、この物語の面白いところ。
自分たちの計画が順調に進んでいることを疑いもしない。相手が何を考えているのか、どれほどの後ろ盾を持っているのか、そもそも自分たちがどんな立場にいるのかすら、まともに理解していない。
策を弄しているつもりの者たちが、実際には盤上の駒にすぎない。
この構図が、実に痛快です。
◆◇◆
そして、本作のタイトルである『思惑通り──誰の?』。
これがまた、物語全体を象徴する秀逸なタイトルなのです。
ドロテオは思惑通りにセレスティノを排除できたと歓喜します。王太子を廃籍に追い込み、自分の王位を守り、いずれは自分の息子に王位を継がせる。彼の頭の中では、すべてが計画通りに進んでいるのでしょう。
けれど、読者はすでに気づき始めています。
本当にそうでしょうか?
ベアトリクスの冷静さ。国王の命令に従いながらも妙に礼儀正しい騎士たち。セレスティノが何も弁明せず、流刑を受け入れたこと。
そして、送られた先がアルトドルファー公爵領の都市サリナスだったこと。
このあたりから、物語の景色が一変します。
愚かな国王が勝利を確信したその瞬間、読者には別の光景が見えてくるのです。彼らが勝ったのではなく、勝ったと思い込まされているのではないか、と。
実際、サリナスで待っていたのは、婚約破棄されたはずのベアトリクスでした。
ここで明かされる真相が、また素晴らしい。
セレスティノとベアトリクスの関係は、国王の思惑に従って壊れたわけではありません。二人は互いを信頼し、愛し合っていたのです。謝恩会での一連のやり取りも、王太子の廃嫡も、単純な敗北ではありませんでした。
さらに、王太子の傍らにいたフローラまでもが、実は国王夫妻の手駒ではなかったという展開。
あの可憐な男爵令嬢が、実際には高い能力を持つ女性騎士候補生であり、ベアトリクスの護衛として動いていたのです。
いや、これは騙されます。
恋愛小説でお馴染みの「王太子を惑わす可憐な令嬢」という役回りを、ここまで見事にひっくり返してくるとは。
しかもフローラは、ただの協力者ではありません。彼女が動いていた背景には、王妃の実家である侯爵家の内部対立があり、そこには過去の婚約破棄や裏切り、家族への恨みまで絡んでいます。
一見すると王家と貴族の単純な権力争いですが、掘り下げてみれば、それぞれの家の事情と積年の因縁が複雑に絡み合っている。
この多層的な構造が、短編ながらも物語に厚みを与えています。
◆◇◆
そして、ざまぁ好きとして何より期待したいのが、愚王一家の末路でしょう。
ドロテオは自分の欲望のために王位を手放そうとせず、国家予算を私物化しようとし、正統な王位継承者の命まで狙っていました。
そのうえ、彼が兄王夫妻の死に関わっていた事実まで明らかになります。
しかも、その手口がまたひどい。
自分で手を下す度胸もなく、幼い息子に馬へ興奮剤を与えさせるという、無責任極まりないもの。本人にとっては軽い悪戯のつもりだったというのですから、開いた口が塞がりません。
そして、取り調べの場で自分の行いが兄王夫妻の死につながったと知りながら、平然とした態度を見せる。
これはもう、王としての資質以前に、人としてどうなのかという話です。
そんな人物が、最後には自らの行いの報いを受ける。
国王夫妻は処刑され、彼らを支えていた前当主たちも裁かれる。さらに、その子供たちもそれぞれが犯した罪によって相応の処分を受けることになります。
一方で、王太子を支持していた現当主や嫡子たちは、家の内部にいた旧勢力と区別されます。
ここがまた、単純な連座ではないところに納得感があります。血筋だけで一律に裁くのではなく、誰が何をしたのか、誰がどちらに与したのかを踏まえて処分が決められているのです。
悪人を懲らしめて終わりではなく、国を立て直すための後始末まで描かれている。
ざまぁの爽快感だけでなく、政治劇としての決着も味わえる作品だと思います。
◆◇◆
恋愛面では、セレスティノとベアトリクスの関係が大きな見どころです。
婚約破棄という、なろう系異世界恋愛ではお馴染みの出来事から始まる二人の物語。しかし、二人の間には誤解によるすれ違いも、相手を疑うような駆け引きもありません。
謝恩会での別れは、二人の愛が壊れた瞬間ではなく、互いを信じて次の段階へ進むためのものだったのです。
流刑地で再会した二人が、周囲の目も忘れて抱き合う場面には、張り詰めた物語の中でほっとするような温かさがあります。
そして、すべてが片付いた後、セレスティノは王位に就き、ベアトリクスは王妃となる。フローラもまた、王妃の護衛兼筆頭侍女として彼女の傍らに仕えます。
それぞれが自分の役割を果たし、あるべき場所へと収まっていく結末は、読後感も爽やかです。
◆◇◆
本作は、婚約破棄から始まる王道のざまぁ劇でありながら、その実態は王位をめぐる壮大な権力闘争です。
愚かな国王が勝利を確信し、稚拙な謀略に酔いしれる一方で、真の勝者たちはずっと先を見据えて動いている。
そして、最後に残るのは、タイトルへの納得感。
思惑通りに進んだのは、いったい誰の計画だったのか。
婚約破棄ものが好きな方はもちろん、悪役令嬢もの、王家乗っ取り、貴族社会の権力闘争、そして悪人がきっちり報いを受けるざまぁ展開が好きな方にもおすすめです。
何より、最初はよくある婚約破棄劇に見える出来事が、読み進めるにつれて別の意味を帯びていくのが楽しい。
「やった、ついにやったぞ!」と歓喜する愚王の姿を見て、読者が思わずニヤリとしてしまうこと請け合いです。
その勝利、本当にあなたの思惑通りですか?
最後まで読めば、きっとこのタイトルをもう一度噛み締めたくなるはずです。
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ざまぁの舞台裏まで抜かりなし! 勘違い一家を待ち受ける、特殊な国の日常風景
「自分は次期公爵なのだから、妻の家でも好き放題できるはず!」
「愛する人との間に生まれた娘こそ、本当の公爵令嬢よ!」
……などという、どこかで見たような勘違いをこじらせた人々。そんな彼らが好き勝手に振る舞ったら、周囲はどうするのか?
普通なら、怒りに燃えるヒロインが婚約破棄を叩きつけたり、理不尽な扱いを受けた令嬢が華麗に逆転したりするところでしょう。
しかし、本作『よくある風景、但しある特殊な国に限る』は、ひと味もふた味も違います。
なにしろ舞台はカヌーン魔導王国。王侯貴族であっても、身分を振りかざせば何でも許されるわけではない、なかなかに厳しい国なのです。
物語の中心となるのは、娘しかいない公爵家に婿入りしたヤフケド。
彼は自分こそが次期公爵だと信じて疑わず、妻の家の使用人たちが自分を「若旦那様」と呼ばないことにご不満です。
ところが、現実は非情。
妻ヘフィナドはれっきとした次期当主であり、ヤフケドはあくまでもその夫。公爵家の特色も固有魔法も持たない彼に求められているのは、次期当主を支える配偶者としての役割です。
それなのに、本人は自分の立場を理解しないどころか、学生時代の恋人とよりを戻し、愛人とその娘まで抱え込んでしまいます。
しかも、その生活費の出どころを考えると、もう呆れるしかありません。
自分の立場をわきまえず、都合のいい解釈で周囲を振り回す。愛人もまた、自分が将来の公爵夫人になれると信じ込み、その娘は公爵令嬢の座を夢見る。
この一家、いったいどこまで現実が見えていないのでしょうか。
しかし、ここで面白いのが、公爵家の人々の対応です。
怒鳴り込んでくる相手に感情的に反応するのではなく、立場と制度をきっちり理解させる。必要な教育を施し、問題行動には相応の対応を取る。しかも、その過程で使用人たちの容赦ない言動が飛び出すのですから、思わずニヤリとしてしまいます。
特に印象的なのは、ヤフケド一家に対する使用人たちの認識と、それを反映した朝礼の唱和。
主家の正嫡は誰なのか。別館に住む人々は何者なのか。毎朝確認されるその内容が、あまりにも辛辣!
公爵家の使用人たち、仕事熱心なのは結構ですが、言葉の切れ味が鋭すぎませんか!?
もちろん、単なる悪口大会というわけではありません。そこには主家への忠誠心があり、次期当主アレグリアを守るという明確な目的があります。彼らの辛辣さすら、この国ではある意味、秩序を維持するための一環なのです。
そして、物語は十五年後へ。
成長したアレグリアは、母の後を継ぐ公爵家の次期当主として立派に育ち、幼馴染の婚約者トルミロスとの関係も良好。一方、別館の愛人母娘は相変わらず、自分たちに都合のいい夢を見続けています。
ここで登場するトルミロスも、なかなかの人物。
愛しい婚約者を害する存在に対して、わざわざ自分が関わる必要はないと判断する冷静さ。相手の挑発に乗って騒ぎ立てるのではなく、必要な対処は護衛や家臣、そして専門の役所に任せる。
この世界の有力者たち、問題人物の扱いに慣れすぎではありませんか?
そして、とうとう勘違い一家が越えてはいけない一線を越えたとき、ついに動き出すのが王国特殊法監督局です。
ここまで読んでくると、この国の特殊法とは何なのか、監督局はどんな仕事をしているのかという疑問も、物語の面白さを引き立てる要素になっています。
何より、本作のざまぁは、ただ相手を破滅させて終わりではありません。
自分の立場を理解しようとしなかった者、自分の欲望を優先して周囲を振り回した者、それぞれの行動が積み重なった結果として、最後にそれぞれの行き先が決まっていきます。
特筆したいのは、ヤフケドの結末です。
愛人母娘と一緒になって好き放題していたのだから、彼もまた一緒に厳罰を受けて終わり……と思いきや、そう単純にはいきません。彼なりに反省し、責任を取ろうとする姿が描かれるのです。
一方で、彼が招いた事態の重さは消えません。
このあたりの決着には、単純な勧善懲悪だけではないヒューマンドラマの味わいがあります。やらかした人間がどう責任を取るのか。そして、周囲はどこまでその責任を認めるのか。そんな部分まで描かれているのが魅力です。
また、騒動が片づいた後の公爵家が、何事もなかったかのように日常へ戻っていくところも好きです。
アレグリアは学業に励み、トルミロスは彼女を支え、ヘフィナドは女公爵としての仕事をこなしながら、自分自身の人生も楽しんでいく。
問題を起こした一家がいなくなったからといって、世界が終わるわけではない。むしろ、ようやく本来あるべき日常が戻ってくるのです。
そして最後には、特殊法監督局の職員たちの本音まで。
彼らにとっても、できれば出番がないほうがいい。そりゃそうですよね。仕事が必要になるということは、それだけ誰かがやらかしたということなのですから。
異世界恋愛がお好きな方には、しっかりした立場と責任を持つ女公爵ヘフィナドや、次期当主アレグリアと婚約者トルミロスの関係を。
ざまぁがお好きな方には、勘違いを重ねるヤフケド、イステア、エモニと、彼らを取り巻く容赦のない現実を。
ヒューマンドラマがお好きな方には、家族としての責任、身分と義務、そして失敗した人間が選ぶその後の生き方を。
それぞれの視点から楽しめる一作です。
派手な断罪劇もいいけれど、問題を起こした人間を社会の仕組みがきっちり裁き、周囲は周囲で淡々と日常を続けていく。そんな「特殊な国に限る、よくある風景」を覗いてみませんか?
なお、読み終わった後に貴族の入り婿という立場について考えたくなるかもしれませんが、くれぐれも自分の都合のいい解釈で立場を勘違いしないように。
カヌーン魔導王国では、そういう人々への対処法が、どうやらしっかり確立されているようですから。
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恋愛だけで結婚できると思っているのは、あなただけですわ。
婚約者を奪われそうになった公爵令嬢が、泣いて取り乱すどころか、相手の主張を本気で理解できずに首を傾げる。
そんな婚約破棄もの、好きな方はいませんか?
今回ご紹介したいのは、タイトルからしてなかなか強烈な『何故恋愛結婚だけが幸せだと思うのか理解できませんわ』です。
公爵令嬢ファラーシャのもとに現れたのは、婚約者カティーブと愛し合っていると主張する男爵家の庶子、ラーケサ。
曰く、愛し合っている二人が結ばれるのは当然。親が決めた政略結婚など間違っている。だからファラーシャは婚約を解消して、カティーブを解放するべきなのだとか。
……うん、恋愛小説なら、ここからヒロインの大逆転劇が始まるのかもしれません。
ところが、このお話は一味違います。
まず、肝心の婚約者であるカティーブが、ラーケサの主張にまったく賛同していません。
それどころか、彼はファラーシャとの婚約を解消するつもりなど微塵もないのです。
ここがもう、たまらなく面白い!
本人たちは愛し合っているのだから結ばれるべきだと熱弁するラーケサ。しかし、その愛を向けられているはずのカティーブは、彼女を生涯の伴侶にするつもりなどありません。
しかも、ファラーシャもまた、婚約者を奪われる悲劇の令嬢ではないのです。
彼女にとってカティーブとの婚約は、家と家を結び、互いの利益を守り、将来にわたって信頼関係を築くためのもの。学生時代の恋愛と、貴族としての結婚は、そもそも別の話なのです。
だからこそ、ファラーシャの態度が実に痛快!
相手の言葉に感情的に反応するのではなく、淡々と事実を確認し、必要なら騎士を呼ぶ。無礼な相手には無礼だと告げ、婚約者の女性関係についても、事前の了解がある以上は冷静に対処する。
この令嬢、強い。
そして、ただ高飛車なだけではないところが素敵なのです。
ファラーシャは貴族社会の常識を理解しています。身分には身分の責任があり、婚姻には家を背負う意味がある。領民を守り、家を存続させる立場にある者が、自分の恋愛感情だけで物事を決められるわけではありません。
恋愛結婚を否定しているのではなく、恋愛だけを結婚の絶対条件にする考え方を理解できないのです。
この違いが、本作の面白さを支えています。
一般的な婚約破棄ものでは、政略結婚を押しつけられた令嬢が、真実の愛に目覚めた婚約者から一方的に捨てられる展開もおなじみです。
けれど、本作ではその図式そのものがひっくり返っています。
政略結婚だから不幸なのか?
恋愛結婚だから幸福なのか?
そもそも、そんな単純な話ではないでしょう、と。
貴族には貴族の、平民には平民の生活があり、置かれた立場によって結婚に求めるものも違う。ファラーシャの説明を聞けば聞くほど、ラーケサが信じていた恋愛小説の世界と、彼女が実際に足を踏み入れた貴族社会との隔たりが見えてきます。
しかも、この世界は身分制度があるだけではありません。貴族の籍を認めるための審査、婚姻できる爵位差、後継者の適性を確認する仕組みなど、さまざまな制度が存在しています。
つまり、気持ちさえあれば何とかなる世界ではないのです。
愛する人と結婚したい。その気持ち自体は、誰にも否定できないでしょう。
けれど、相手が侯爵家の跡継ぎなら? 自分が結婚によってその家を継ぐにふさわしい立場でなければ? そもそも相手に結婚する意思がなければ?
夢見ていた未来を実現するためには、気持ち以外にも考えなければならないことが山ほどあるのです。
そして、ここからが本作のざまぁ的な醍醐味。
ラーケサは、カティーブが自分を愛していると信じています。婚約者との結婚は政略によるものだから、彼も本当は不本意に違いない。自分たちが結ばれれば、自分を見下してきた家族を見返すこともできる。
そんな願望が、彼女の中ではいつの間にか確定した未来になってしまっているのです。
しかし、現実は違う。
カティーブはファラーシャとの婚約に納得しており、将来の妻として彼女を選んでいます。ラーケサとの関係は、あくまでも学生時代の一時的な恋。彼女が思い描いていたような、二人で未来を築く約束など存在しなかったのです。
さらに、ファラーシャを陥れるために冤罪を捏造しようとしても、学院に施された魔法によって阻まれてしまうという展開まであります。
自分の望む筋書きに現実を合わせようとしても、そう簡単にはいかない。
この、相手が勝手に作り上げた物語と現実との落差が、実に鮮やかです。
しかも、ファラーシャは相手を必要以上に罵倒することも、勝ち誇って追い打ちをかけることもしません。貴族社会の仕組みを説明し、現実を突きつけ、あとは法と制度に委ねる。
感情で殴り返すのではなく、社会の仕組みそのものが決着をつける。
こういうざまぁもいいものですね!
そして忘れてはいけないのが、ファラーシャとカティーブの関係です。
二人は最初から燃え上がるような恋愛をしているわけではありません。それでも、互いの立場を理解し、将来を見据え、必要なことを話し合える関係を築いています。
カティーブが学生時代の恋愛について事前に相談し、ファラーシャもそれを承知していたという事実には驚かされますが、だからこそ二人の間にある信頼が伝わってくるのです。
そして騒動の最後、カティーブはファラーシャに誠意を示すことを約束します。代々受け継げる宝飾品を贈り、婚姻後は誠実な夫になると、彼女の家族にも誓う。
この締めくくりがまた、いいのです。
派手な愛の告白がなくても、二人には二人なりの愛情の育み方がある。結婚することを決めた相手に責任を持ち、家族として信頼を積み重ねていく。それもまた、立派な幸福の形なのだと思わせてくれます。
恋愛がすべて、という考え方もあるでしょう。
けれど、恋愛だけがすべてではありません。
愛情だけでなく、信頼、責任、立場、将来への展望。それらを積み重ねて築く関係にも、確かな価値があるのです。
婚約者を奪おうとした令嬢の思い込みが、貴族社会の現実によって崩れていく痛快さ。そして、騒動の外側で着実に未来を築いている二人の落ち着いた関係。
婚約破棄ものや、価値観の違いから生まれるざまぁが好きな方には、ぜひ読んでいただきたい一作です。
最後に、タイトルの問いに答えるなら。
恋愛結婚だけが幸せだと思う理由なんて、どこにもありません。
幸せの形は一つではないのですから。
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不満なのはお前だけじゃない! 七歳令嬢の痛快な正論が、傲慢王太子を打ちのめす!
「俺ばかりが貧乏くじを引いた」なんて、いったい誰が言った?
今回ご紹介するのは、政略によって決められた婚約に不満を抱く王太子と、同じく望まぬ婚約を押しつけられた公爵令嬢のお話です。
なろう系ざまぁといえば、婚約破棄に追放、浮気者への制裁など、さまざまなパターンがありますが、本作の魅力はなんといっても、自分だけが被害者だと思い込んでいる王太子が、相手の正論によって見事に返り討ちに遭うところ!
しかも、やり返すのは、まだ七歳の公爵令嬢なのです。
物語の始まりは、王太子ウルリコとカルファーニャ公爵令嬢エウフェミアの顔合わせのお茶会。
ウルリコは、自分が望んだ相手ではなく、親に勝手に決められた婚約者と結婚しなければならないことが不満で仕方ありません。
幼馴染で従妹のアッスンタこそが、自分の思い描く物語のヒロイン。自分が見初めた姫と結婚するという夢を叶えたいのに、目の前にいるのは別の令嬢。
しかも彼は、エウフェミアが公爵家の権力を使って自分の婚約者の座を手に入れたのだと、勝手に思い込んでいます。
……いやいや、ちょっと待て。
王家よりも強い権力を持つ臣下が、いったいどこにいるんでしょうね?
そもそも、王家のほうが望んで成立させた婚約だというのに、本人はその事情をまったく理解していないのです。
そして、ついに始まるお茶会。
不機嫌を隠そうともしないウルリコは、エウフェミアに向かって、自分がどれほど不本意な婚約を押しつけられたのかを訴えます。
ところが、ここで返ってきたのは、彼の予想を根底から覆す言葉でした。
「わたくしだって、望んで殿下の婚約者になったわけではありませんわ」
そう! 相手だって嫌だったんです!
ウルリコにとっては、自分の気持ちこそが世界の中心。自分が望まない結婚をさせられるのだから、自分だけが不幸で、自分だけが我慢を強いられていると思い込んでいる。
しかし、エウフェミアだって同じです。
彼女には彼女の人生があり、夢があり、望んでいた未来がある。公爵家の末っ子として家族に愛され、好きな相手と結婚できるはずだったのに、突然、王太子妃候補という重責を背負わされてしまったのです。
それなのに、ウルリコは彼女が王妃になれることを喜んでいるに違いないと決めつける。
この認識のズレが、もう本当に見事!
自分の不満は正当なものだと主張する一方で、相手の不満は存在すら認めない。自分の苦労ばかりを数え、相手が背負わされる苦労には目を向けようともしない。
そんな王太子に対して、エウフェミアが突きつける正論が痛快なのです。
なかでも注目したいのが、王太子妃教育のお話。
ウルリコは、王太子教育を受ける自分ばかりが大変で、婚約者となるエウフェミアは贅沢をして遊んでいられると思っています。
ところが実際には、エウフェミアは王太子の不足を補うため、本来なら必要のない勉強まで押しつけられていました。
ただでさえ公爵令嬢としての教育があるのに、王太子妃教育まで加わり、学ぶ内容は三倍以上。しかも、王太子が苦手な分野ややりたがらない分野まで補佐できるようにしろというのです。
……それ、婚約者に求める仕事量じゃないでしょう!
王太子が王太子として努力するのは当然のこと。それなのに、自分の努力不足を棚に上げ、婚約者にまで負担を押しつけようとする。
エウフェミアからすれば、たまったものではありません。
そして、ここで彼女が言い返す内容が実に明快なのです。
ウルリコは、誰が婚約者であろうと王太子である以上、王太子教育を受けなければなりません。一方のエウフェミアは、ウルリコと婚約しなければ、これほどの教育を受ける必要などなかったのです。
つまり、王太子にとっては従来の義務でも、令嬢にとっては婚約したせいで増やされた負担。
それなのに、どうして自分だけが苦労しているなどと言えるのでしょうか。
読んでいるこちらまで「本当にそのとおり!」と頷きたくなります。
しかも、エウフェミアは七歳。
まだ幼い子供だからこそ、周囲の大人たちが押しつける理不尽に対して、遠慮なく不満をぶつけることができるのです。
もちろん、彼女は何も知らない子供ではありません。公爵令嬢として必要な教育を受け、王太子の現状もある程度把握しています。だからこそ、ウルリコの言い分がどれほど身勝手なのかを、具体的な事情を挙げて説明できるのです。
そして、ここで忘れてはいけないのが、エウフェミアもまた、まだ七歳の子供だということ。
普段は淑女らしい微笑みを浮かべていても、理不尽を押しつけられれば腹も立つ。言いたいことだってある。
そんな彼女が、将来の自分を守るために、今のうちから言うべきことを言っておく姿には、頼もしさを感じます。
さらに、エウフェミアの家族が彼女を溺愛しているという背景も見逃せません。
カルファーニャ公爵家は、末っ子の彼女を王太子の尻拭い要員にするつもりなどありません。むしろ、婚約を白紙に戻し、彼女が望む相手と結婚できる未来を守ろうとしているのです。
王家からの命令だからといって、娘を犠牲にすることを当然とは考えない。
この家族の姿勢も、エウフェミアが理不尽に対して声を上げられる理由のひとつなのでしょう。
そして、お茶会の顛末は、ウルリコが母である王妃に泣きついたことで、さらに面白い展開を迎えます。
しかし、王妃の訴えを受けた国王は、なんと二人とも叱るのです。
先に公爵令嬢を侮辱したのはウルリコであり、エウフェミアの反論は、それに対する当然の結果だったと判断されます。
ここで大切なのは、エウフェミアが何を言っても許される特別な存在だから、というわけではないこと。
彼女の発言には理由があり、その理由をきちんと周囲の大人たちが確認したうえで判断しているのです。
そして、王太子教育の進捗が芳しくないウルリコには、十五歳までに一定の成果を修めなければ立太子を取り消すという条件が課されます。
第二王子にも同じく教育を施し、王太子としての適性を見極めることに。
このあたりは、ただ口の悪い王子が言い負かされて終わるだけではない、王族としての責任を問う展開になっているのがいいですね。
もちろん、エウフェミアとの婚約も白紙撤回。
互いに望まない婚約であり、相性もよくない。ならば、無理に結びつけておく必要はありません。
そして十数年後。
エウフェミアは家から子爵位を与えられ、幼馴染の騎士と結婚します。一方、ウルリコは王太子の座を失い、望んでいたアッスンタと結婚したものの、王都から遠く離れた小さな領地を与えられた伯爵となっていました。
ウルリコにとっては、望んだ相手と結婚できたのですから、ある意味では願いが叶ったともいえます。
ただし、王太子という立場まで思いどおりになるわけではありません。
ここがまた、ざまぁとして絶妙です。
相手の人生を踏みにじってまで自分の望みを通そうとしたわけではないにせよ、自分の立場に甘え、努力を怠り、相手の苦労を想像することもできなかった。その結果として、自分の望んだ未来とは違う場所にたどり着いたのです。
派手な断罪や過酷な処罰で徹底的に叩きのめすタイプのざまぁではありません。
むしろ、幼いころからの思い込みと身勝手さが、王太子という立場に見合わないことを周囲に知られ、相応の結果を迎えるお話です。
何より、本作の根底にあるのは、「自分が不満だからといって、相手も不満を抱えていることを忘れてはいけない」という、ごく当たり前でありながら、とても大切なこと。
自分だけが損をしていると思い込んでいる人にこそ、読んでほしい一作です。
王太子の身勝手な主張を、七歳の公爵令嬢が正論で切り返す痛快さ。幼いからこそ許される率直さと、幼くても譲れないものがあるという芯の強さ。そして、最後にはそれぞれが自分の行いに見合った未来へと進んでいく結末。
短編ながら、婚約をめぐる双方の事情が描かれているため、単純に「王太子が悪い!」で終わらないのも魅力です。
不本意な政略婚、勘違い王子、令嬢の反撃、王太子の自業自得な結末。
このあたりのキーワードに心惹かれる方なら、きっと楽しめるのではないでしょうか。
そして、読み終えたあとには、ぜひタイトルをもう一度思い出してみてください。
てめぇの所為だよ。
さて、いったい誰の所為なのか。
その答えは、ぜひ本編で確かめてみてください。