恋愛だけで結婚できると思っているのは、あなただけですわ。
婚約者を奪われそうになった公爵令嬢が、泣いて取り乱すどころか、相手の主張を本気で理解できずに首を傾げる。
そんな婚約破棄もの、好きな方はいませんか?
今回ご紹介したいのは、タイトルからしてなかなか強烈な『何故恋愛結婚だけが幸せだと思うのか理解できませんわ』です。
公爵令嬢ファラーシャのもとに現れたのは、婚約者カティーブと愛し合っていると主張する男爵家の庶子、ラーケサ。
曰く、愛し合っている二人が結ばれるのは当然。親が決めた政略結婚など間違っている。だからファラーシャは婚約を解消して、カティーブを解放するべきなのだとか。
……うん、恋愛小説なら、ここからヒロインの大逆転劇が始まるのかもしれません。
ところが、このお話は一味違います。
まず、肝心の婚約者であるカティーブが、ラーケサの主張にまったく賛同していません。
それどころか、彼はファラーシャとの婚約を解消するつもりなど微塵もないのです。
ここがもう、たまらなく面白い!
本人たちは愛し合っているのだから結ばれるべきだと熱弁するラーケサ。しかし、その愛を向けられているはずのカティーブは、彼女を生涯の伴侶にするつもりなどありません。
しかも、ファラーシャもまた、婚約者を奪われる悲劇の令嬢ではないのです。
彼女にとってカティーブとの婚約は、家と家を結び、互いの利益を守り、将来にわたって信頼関係を築くためのもの。学生時代の恋愛と、貴族としての結婚は、そもそも別の話なのです。
だからこそ、ファラーシャの態度が実に痛快!
相手の言葉に感情的に反応するのではなく、淡々と事実を確認し、必要なら騎士を呼ぶ。無礼な相手には無礼だと告げ、婚約者の女性関係についても、事前の了解がある以上は冷静に対処する。
この令嬢、強い。
そして、ただ高飛車なだけではないところが素敵なのです。
ファラーシャは貴族社会の常識を理解しています。身分には身分の責任があり、婚姻には家を背負う意味がある。領民を守り、家を存続させる立場にある者が、自分の恋愛感情だけで物事を決められるわけではありません。
恋愛結婚を否定しているのではなく、恋愛だけを結婚の絶対条件にする考え方を理解できないのです。
この違いが、本作の面白さを支えています。
一般的な婚約破棄ものでは、政略結婚を押しつけられた令嬢が、真実の愛に目覚めた婚約者から一方的に捨てられる展開もおなじみです。
けれど、本作ではその図式そのものがひっくり返っています。
政略結婚だから不幸なのか?
恋愛結婚だから幸福なのか?
そもそも、そんな単純な話ではないでしょう、と。
貴族には貴族の、平民には平民の生活があり、置かれた立場によって結婚に求めるものも違う。ファラーシャの説明を聞けば聞くほど、ラーケサが信じていた恋愛小説の世界と、彼女が実際に足を踏み入れた貴族社会との隔たりが見えてきます。
しかも、この世界は身分制度があるだけではありません。貴族の籍を認めるための審査、婚姻できる爵位差、後継者の適性を確認する仕組みなど、さまざまな制度が存在しています。
つまり、気持ちさえあれば何とかなる世界ではないのです。
愛する人と結婚したい。その気持ち自体は、誰にも否定できないでしょう。
けれど、相手が侯爵家の跡継ぎなら? 自分が結婚によってその家を継ぐにふさわしい立場でなければ? そもそも相手に結婚する意思がなければ?
夢見ていた未来を実現するためには、気持ち以外にも考えなければならないことが山ほどあるのです。
そして、ここからが本作のざまぁ的な醍醐味。
ラーケサは、カティーブが自分を愛していると信じています。婚約者との結婚は政略によるものだから、彼も本当は不本意に違いない。自分たちが結ばれれば、自分を見下してきた家族を見返すこともできる。
そんな願望が、彼女の中ではいつの間にか確定した未来になってしまっているのです。
しかし、現実は違う。
カティーブはファラーシャとの婚約に納得しており、将来の妻として彼女を選んでいます。ラーケサとの関係は、あくまでも学生時代の一時的な恋。彼女が思い描いていたような、二人で未来を築く約束など存在しなかったのです。
さらに、ファラーシャを陥れるために冤罪を捏造しようとしても、学院に施された魔法によって阻まれてしまうという展開まであります。
自分の望む筋書きに現実を合わせようとしても、そう簡単にはいかない。
この、相手が勝手に作り上げた物語と現実との落差が、実に鮮やかです。
しかも、ファラーシャは相手を必要以上に罵倒することも、勝ち誇って追い打ちをかけることもしません。貴族社会の仕組みを説明し、現実を突きつけ、あとは法と制度に委ねる。
感情で殴り返すのではなく、社会の仕組みそのものが決着をつける。
こういうざまぁもいいものですね!
そして忘れてはいけないのが、ファラーシャとカティーブの関係です。
二人は最初から燃え上がるような恋愛をしているわけではありません。それでも、互いの立場を理解し、将来を見据え、必要なことを話し合える関係を築いています。
カティーブが学生時代の恋愛について事前に相談し、ファラーシャもそれを承知していたという事実には驚かされますが、だからこそ二人の間にある信頼が伝わってくるのです。
そして騒動の最後、カティーブはファラーシャに誠意を示すことを約束します。代々受け継げる宝飾品を贈り、婚姻後は誠実な夫になると、彼女の家族にも誓う。
この締めくくりがまた、いいのです。
派手な愛の告白がなくても、二人には二人なりの愛情の育み方がある。結婚することを決めた相手に責任を持ち、家族として信頼を積み重ねていく。それもまた、立派な幸福の形なのだと思わせてくれます。
恋愛がすべて、という考え方もあるでしょう。
けれど、恋愛だけがすべてではありません。
愛情だけでなく、信頼、責任、立場、将来への展望。それらを積み重ねて築く関係にも、確かな価値があるのです。
婚約者を奪おうとした令嬢の思い込みが、貴族社会の現実によって崩れていく痛快さ。そして、騒動の外側で着実に未来を築いている二人の落ち着いた関係。
婚約破棄ものや、価値観の違いから生まれるざまぁが好きな方には、ぜひ読んでいただきたい一作です。
最後に、タイトルの問いに答えるなら。
恋愛結婚だけが幸せだと思う理由なんて、どこにもありません。
幸せの形は一つではないのですから。
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