不満なのはお前だけじゃない! 七歳令嬢の痛快な正論が、傲慢王太子を打ちのめす!
「俺ばかりが貧乏くじを引いた」なんて、いったい誰が言った?
今回ご紹介するのは、政略によって決められた婚約に不満を抱く王太子と、同じく望まぬ婚約を押しつけられた公爵令嬢のお話です。
なろう系ざまぁといえば、婚約破棄に追放、浮気者への制裁など、さまざまなパターンがありますが、本作の魅力はなんといっても、自分だけが被害者だと思い込んでいる王太子が、相手の正論によって見事に返り討ちに遭うところ!
しかも、やり返すのは、まだ七歳の公爵令嬢なのです。
物語の始まりは、王太子ウルリコとカルファーニャ公爵令嬢エウフェミアの顔合わせのお茶会。
ウルリコは、自分が望んだ相手ではなく、親に勝手に決められた婚約者と結婚しなければならないことが不満で仕方ありません。
幼馴染で従妹のアッスンタこそが、自分の思い描く物語のヒロイン。自分が見初めた姫と結婚するという夢を叶えたいのに、目の前にいるのは別の令嬢。
しかも彼は、エウフェミアが公爵家の権力を使って自分の婚約者の座を手に入れたのだと、勝手に思い込んでいます。
……いやいや、ちょっと待て。
王家よりも強い権力を持つ臣下が、いったいどこにいるんでしょうね?
そもそも、王家のほうが望んで成立させた婚約だというのに、本人はその事情をまったく理解していないのです。
そして、ついに始まるお茶会。
不機嫌を隠そうともしないウルリコは、エウフェミアに向かって、自分がどれほど不本意な婚約を押しつけられたのかを訴えます。
ところが、ここで返ってきたのは、彼の予想を根底から覆す言葉でした。
「わたくしだって、望んで殿下の婚約者になったわけではありませんわ」
そう! 相手だって嫌だったんです!
ウルリコにとっては、自分の気持ちこそが世界の中心。自分が望まない結婚をさせられるのだから、自分だけが不幸で、自分だけが我慢を強いられていると思い込んでいる。
しかし、エウフェミアだって同じです。
彼女には彼女の人生があり、夢があり、望んでいた未来がある。公爵家の末っ子として家族に愛され、好きな相手と結婚できるはずだったのに、突然、王太子妃候補という重責を背負わされてしまったのです。
それなのに、ウルリコは彼女が王妃になれることを喜んでいるに違いないと決めつける。
この認識のズレが、もう本当に見事!
自分の不満は正当なものだと主張する一方で、相手の不満は存在すら認めない。自分の苦労ばかりを数え、相手が背負わされる苦労には目を向けようともしない。
そんな王太子に対して、エウフェミアが突きつける正論が痛快なのです。
なかでも注目したいのが、王太子妃教育のお話。
ウルリコは、王太子教育を受ける自分ばかりが大変で、婚約者となるエウフェミアは贅沢をして遊んでいられると思っています。
ところが実際には、エウフェミアは王太子の不足を補うため、本来なら必要のない勉強まで押しつけられていました。
ただでさえ公爵令嬢としての教育があるのに、王太子妃教育まで加わり、学ぶ内容は三倍以上。しかも、王太子が苦手な分野ややりたがらない分野まで補佐できるようにしろというのです。
……それ、婚約者に求める仕事量じゃないでしょう!
王太子が王太子として努力するのは当然のこと。それなのに、自分の努力不足を棚に上げ、婚約者にまで負担を押しつけようとする。
エウフェミアからすれば、たまったものではありません。
そして、ここで彼女が言い返す内容が実に明快なのです。
ウルリコは、誰が婚約者であろうと王太子である以上、王太子教育を受けなければなりません。一方のエウフェミアは、ウルリコと婚約しなければ、これほどの教育を受ける必要などなかったのです。
つまり、王太子にとっては従来の義務でも、令嬢にとっては婚約したせいで増やされた負担。
それなのに、どうして自分だけが苦労しているなどと言えるのでしょうか。
読んでいるこちらまで「本当にそのとおり!」と頷きたくなります。
しかも、エウフェミアは七歳。
まだ幼い子供だからこそ、周囲の大人たちが押しつける理不尽に対して、遠慮なく不満をぶつけることができるのです。
もちろん、彼女は何も知らない子供ではありません。公爵令嬢として必要な教育を受け、王太子の現状もある程度把握しています。だからこそ、ウルリコの言い分がどれほど身勝手なのかを、具体的な事情を挙げて説明できるのです。
そして、ここで忘れてはいけないのが、エウフェミアもまた、まだ七歳の子供だということ。
普段は淑女らしい微笑みを浮かべていても、理不尽を押しつけられれば腹も立つ。言いたいことだってある。
そんな彼女が、将来の自分を守るために、今のうちから言うべきことを言っておく姿には、頼もしさを感じます。
さらに、エウフェミアの家族が彼女を溺愛しているという背景も見逃せません。
カルファーニャ公爵家は、末っ子の彼女を王太子の尻拭い要員にするつもりなどありません。むしろ、婚約を白紙に戻し、彼女が望む相手と結婚できる未来を守ろうとしているのです。
王家からの命令だからといって、娘を犠牲にすることを当然とは考えない。
この家族の姿勢も、エウフェミアが理不尽に対して声を上げられる理由のひとつなのでしょう。
そして、お茶会の顛末は、ウルリコが母である王妃に泣きついたことで、さらに面白い展開を迎えます。
しかし、王妃の訴えを受けた国王は、なんと二人とも叱るのです。
先に公爵令嬢を侮辱したのはウルリコであり、エウフェミアの反論は、それに対する当然の結果だったと判断されます。
ここで大切なのは、エウフェミアが何を言っても許される特別な存在だから、というわけではないこと。
彼女の発言には理由があり、その理由をきちんと周囲の大人たちが確認したうえで判断しているのです。
そして、王太子教育の進捗が芳しくないウルリコには、十五歳までに一定の成果を修めなければ立太子を取り消すという条件が課されます。
第二王子にも同じく教育を施し、王太子としての適性を見極めることに。
このあたりは、ただ口の悪い王子が言い負かされて終わるだけではない、王族としての責任を問う展開になっているのがいいですね。
もちろん、エウフェミアとの婚約も白紙撤回。
互いに望まない婚約であり、相性もよくない。ならば、無理に結びつけておく必要はありません。
そして十数年後。
エウフェミアは家から子爵位を与えられ、幼馴染の騎士と結婚します。一方、ウルリコは王太子の座を失い、望んでいたアッスンタと結婚したものの、王都から遠く離れた小さな領地を与えられた伯爵となっていました。
ウルリコにとっては、望んだ相手と結婚できたのですから、ある意味では願いが叶ったともいえます。
ただし、王太子という立場まで思いどおりになるわけではありません。
ここがまた、ざまぁとして絶妙です。
相手の人生を踏みにじってまで自分の望みを通そうとしたわけではないにせよ、自分の立場に甘え、努力を怠り、相手の苦労を想像することもできなかった。その結果として、自分の望んだ未来とは違う場所にたどり着いたのです。
派手な断罪や過酷な処罰で徹底的に叩きのめすタイプのざまぁではありません。
むしろ、幼いころからの思い込みと身勝手さが、王太子という立場に見合わないことを周囲に知られ、相応の結果を迎えるお話です。
何より、本作の根底にあるのは、「自分が不満だからといって、相手も不満を抱えていることを忘れてはいけない」という、ごく当たり前でありながら、とても大切なこと。
自分だけが損をしていると思い込んでいる人にこそ、読んでほしい一作です。
王太子の身勝手な主張を、七歳の公爵令嬢が正論で切り返す痛快さ。幼いからこそ許される率直さと、幼くても譲れないものがあるという芯の強さ。そして、最後にはそれぞれが自分の行いに見合った未来へと進んでいく結末。
短編ながら、婚約をめぐる双方の事情が描かれているため、単純に「王太子が悪い!」で終わらないのも魅力です。
不本意な政略婚、勘違い王子、令嬢の反撃、王太子の自業自得な結末。
このあたりのキーワードに心惹かれる方なら、きっと楽しめるのではないでしょうか。
そして、読み終えたあとには、ぜひタイトルをもう一度思い出してみてください。
てめぇの所為だよ。
さて、いったい誰の所為なのか。
その答えは、ぜひ本編で確かめてみてください。
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