「真実の愛」を選ぶなら、その責任もお取りくださいませ。
婚約者である王太子が、別の令嬢と人目もはばからず逢瀬を重ねていた。
この一文だけなら、よくある婚約破棄ものの始まりです。
しかし、この作品はそこからの展開が一味違います。
主人公クレスセンシアは、王太子の不貞を目撃しても取り乱しません。泣きません。嫉妬に狂って相手の令嬢を罵倒することもありません。
彼女が最初にするのは、関係者の家へ使者を送り、必要な手続きを進めること。
そう、「真実の愛」を応援するのではなく、その愛を実現するために必要な現実を、きっちり突きつけるのです。
これがもう、たまらなく痛快でした!
主人公のクレスセンシアは、ただの高慢な公爵令嬢ではありません。政治、経済、法制度、外交、社交と、あらゆる分野に秀でた才女。将来の王妃として、婚約者デメトリオを支え、彼が王太子として務めを果たせるよう、陰ながら膨大な仕事を引き受けてきました。
ところが、支えられることが当たり前になったデメトリオは、いつしか自分の足で歩いているつもりになってしまった。
自分が判断できるよう、あらかじめ情報を整理してくれる人がいる。貴族同士の対立を調整してくれる人がいる。問題が起きないよう、先回りして道を整えてくれる人がいる。
そのありがたさを忘れ、ついには「私の気持ちを理解し、支えるのが務めではないのか!」と言い放つ。
いやいやいや、あなたの婚約者は便利な尻拭い係ではありませんよ!?
しかも、本人は自分が王太子だから何でもできると思っている節があるのが、また何とも……。
ここでクレスセンシアが感情論で言い返すのではなく、これまで自分が処理してきた仕事を一覧にして突きつけるのが最高です。
言葉で勝とうとするのではなく、事実で示す。
「あなたが王太子として歩いてきた道は、本当にあなた一人で切り開いたものなのですか?」
そう問いかけるような展開に、読んでいて思わず拍手したくなりました。
そして、この作品のざまぁが面白いのは、単に浮気した王太子を断罪して終わり、ではないところです。
王太子の恋人たちにも、それぞれ婚約や家の事情があります。側室になるなら持参金はどうするのか、生活費は誰が負担するのか、公妾になるなら既存の婚姻関係や生まれてくる子供の身分をどうするのか。
恋愛感情だけでは片づけられない問題が、次々と具体的な形になって現れます。
特に、側室や公妾という立場を、ただ王太子に愛される名誉として描いていないのが印象的でした。
王太子に愛されている。それは確かに魅力的でしょう。
けれど、その関係を選んだ先には、家の財政負担も、婚約関係の整理も、将来の生活も待っています。
「愛しているから一緒になりたい」という気持ちそのものを否定するのではなく、ならばその先にあるものまで考えましょう、と。
クレスセンシアの対応は終始冷静ですが、だからこそ逃げ道がありません。
感情的に怒鳴られるなら、相手が嫉妬しているだけだと言い逃れもできるでしょう。しかし、彼女が示すのは制度と事実と責任です。
相手を罵倒する必要すらない。
自分の望みを叶えるために何を選び、その結果を誰が引き受けるのか。それを明確にするだけで、今まで華やかに見えていた「真実の愛」の輪郭が変わっていくのです。
そして、クレスセンシアだけでなく、周囲の人物たちが少しずつ現実に目を向けていく展開も好きでした。
王太子に愛されることを喜んでいた令嬢たちも、いざ具体的な条件を知ると、自分が本当に望んでいるものは何なのかを考え始めます。
王太子の側近たちも、主君を支えることと、主君の誤りを隠し続けることは違うのだと示します。
誰もが王太子を中心に回っていた世界で、ようやくそれぞれが自分の意思と責任を持ち始める。
この変化が、単純な勧善懲悪にとどまらないヒューマンドラマとしての面白さにつながっていると感じました。
もちろん、王太子の処遇が決まる場面には、ざまぁ好きとして満足感があります。
けれど、それ以上に心に残ったのは、クレスセンシアがその後、自分自身の人生を考え始めるところです。
彼女は王妃になるために学び、王太子を支えるために努力してきました。婚約が解消されれば、幼いころから思い描いていた未来は失われてしまいます。
それでも、彼女が身につけてきた知識も、磨いてきた能力も、積み重ねてきた経験も、何一つなくなりません。
王太子妃になれなかったからといって、彼女の価値まで失われるわけではないのです。
ここが本当に素晴らしい。
婚約破棄ものというと、理不尽な扱いを受けた令嬢が新しい恋を見つけ、幸せな結婚をして、元婚約者を見返す展開を期待する方も多いと思います。
もちろん、それも大好きです。
でも、この作品のクレスセンシアは、誰かに選ばれることや、新たな婚約者を得ることだけを自分の幸福の条件にはしていません。
王妃になる未来が失われても、彼女自身の人生は続いていく。
今まで誰かを支えるために使ってきた力を、これからは自分の意思で、自分が取り組みたいことのために使える。
その未来が見えてくるラストには、ざまぁの爽快感とはまた違った、じんわりとした満足感がありました。
そして、タイトルの「婚約者の務めかと」。
最後まで読むと、この言葉の意味が実に鮮やかに響いてきます。
主人公は婚約者としての務めを放棄したのではありません。むしろ、最後まで果たしたのです。
ただし、それは婚約者の望みを何でも叶え、過ちを隠し、責任を肩代わりすることではなかった。
相手が自らの選択に責任を持てるよう、必要な手続きを整え、事実を明らかにし、正しい判断が下されるようにすること。
それこそが彼女の考える務めだったのです。
いやあ、こういう主人公、大好きです!
感情に振り回されず、頭脳と実務能力で問題を解決していく有能令嬢。自分の価値を理解していて、相手に執着するあまり自分を見失うこともない。そして、相手の人生に責任を持とうとするからこそ、相手自身にも責任を求める。
そんなクレスセンシアの姿が、とても魅力的でした。
婚約破棄、王太子の失脚、周囲の人々の目覚め、そして主人公の新しい人生。
異世界恋愛のお約束を楽しみつつ、単なる恋愛の勝ち負けでは終わらない物語を読みたい方におすすめです。
特に、浮気相手を派手に罵倒するよりも、相手が自分で選んだ道の現実を突きつける展開が好きな方。無能な相手を感情的に打ち負かすのではなく、有能な主人公が制度と理屈で鮮やかに決着をつける展開が好きな方。
ぜひ読んでいただきたい作品です。
「真実の愛」を選ぶのは自由。けれど、その先にある責任まで誰かに押しつけることはできない。
クレスセンシアの静かな一言一言が、そんな当たり前で、けれど忘れられがちなことを教えてくれます。
読み終えたとき、きっとこう思うはずです。
クレスセンシア様、どうかこれからは、ご自身のためにも、その素晴らしい能力を存分に発揮してくださいませ!
そして、デメトリオ殿下。
どうか今度こそ、ご自分の足で歩いてくださいね。
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