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夢見る仔猫の雑記帳

創作サイト『夢見る仔猫』の雑記帳

聖女のお願いなら、叶えなくちゃね★~監督局も巻き込んでの大茶番劇~

婚約破棄ものの常識をひっくり返す、優しさと笑いに満ちた「大茶番劇」!

婚約破棄、聖女、王子、侯爵令嬢、そして監督局。なろう系異世界恋愛がお好きな方なら、この単語の並びを見ただけで、ある程度お約束の展開を想像するのではないでしょうか。

聖女が王子の心を射止め、悪役令嬢が断罪され、婚約破棄を経て真実の愛が成就する。あるいは、理不尽な仕打ちを受けた令嬢が華麗に逆転し、愚かな王子たちにざまぁを叩きつける。

ところが、本作はそんなお約束を知り尽くした読者ほど、思わず笑ってしまう作品です。

何しろ、婚約破棄をしたいと言い出した王子の目的は、婚約者への不満でも、浮気相手との恋でもありません。

五歳の聖女様のお願いを叶えるため、婚約破棄の茶番劇を上演したい。

……いや、どうしてそうなった!?

この時点で、もう面白い。

しかも、王族が思いつきで婚約破棄を演じようとすれば、王国特殊法監督局が動き出すというのです。婚約破棄が単なる恋愛上の揉め事ではなく、専門の部署が存在するほど制度化されている世界。しかも、その部署には「茶番課」まである。

設定の時点で、作者様の発想があまりにも愉快です。

婚約破棄ものを読み慣れた読者なら、「いや、監督局って何!?」と突っ込まずにはいられないでしょう。

しかし、本作の魅力は奇抜な設定だけではありません。

物語の中心にあるのは、幼い聖女セシリアの願いを何とか叶えてあげたいという、大人たちの優しさなのです。

異世界転移聖女マツリから、物語の中の婚約破棄を教わったセシリア。彼女はその物語に憧れ、自分の知っている大好きな人たちで、同じようなことをしてみたいと思ったのでしょう。

ところが、現実を知る大人たちからすれば、婚約破棄とは決して気軽に口にできるものではありません。

ルーミルとユーリアが婚約破棄して、セシリアとルーミルが真実の愛を誓う?

いやいや、現実的に考えれば無理がある。

しかし、そこで「そんなものは無理だ」と切り捨てれば、セシリアは泣いてしまう。

神官長からもお願いを聞くように言われているし、何より本人は一生懸命なのです。

だからこそ、大人たちは考えます。

本物の婚約破棄ができないのなら、お芝居にしてしまえばいいのでは?

この発想の転換が素晴らしい。

願いをそのまま実現することはできなくても、その願いの根っこにある「やってみたい」という気持ちは叶えてあげる。子供の夢を無条件に肯定するのでも、現実を理由に否定するのでもなく、みんなが幸せになれる方法を探していく。

その結果、王族も貴族も使用人たちも、果ては国王夫妻や監督局まで巻き込んだ一大プロジェクトが始動するのです。

いや、規模が大きい!

たった一人の幼い聖女の願いに、国家規模で付き合ってくれる大人たち。しかも、誰かに無理やり命令されたからではなく、気がつけばみんな参加する気満々なのが、またいい。

この世界、何だかんだ言って優しい人ばかりではありませんか。

もちろん、優しいだけではありません。

第三王子ルカーシュと、その婚約者エディタの掛け合いが実に楽しいのです。

王族相手でも遠慮なく容赦のない言葉を投げつけるエディタ。そんな彼女に慣れきっているルカーシュ。婚約して15年という年月が、二人のやり取りから自然に伝わってきます。

「眼を開けて寝る特技がある」だの、「カヌーンの演劇史に残る駄作家」だの、飛び出してくる言葉の切れ味がすごい。

ルカーシュがひそかに劇作家を目指しているという情報も、さらりと明かされるのが面白いところ。しかも、本人の才能については婚約者から容赦なく評価されているという……。

この二人、間違いなく仲がいいですよね?

口の悪さの裏にある信頼関係が見えるからこそ、辛辣なやり取りも嫌味にならず、むしろ微笑ましいのです。

そして、忘れてはならないのが幼い子供たち。

四歳のルーミル、三歳のユーリア、五歳のセシリア。年齢相応の可愛らしさと、周囲の大人たちが見守る温かな空気が、作品全体を柔らかく包み込んでいます。

特に、ユーリアが「エディタねえたま」と一生懸命に呼びかけ、少しずつ上手に言えるようになる場面。

大人たちにとっては婚約破棄茶番劇の準備中でも、幼いユーリアにとっては、大好きな人の名前を上手に呼べたことが大事件なのです。

そして、そんな小さな成長を喜んでくれるエディタとルーミル。

この場面には、派手な断罪も華麗な逆転劇もありません。しかし、だからこそ心に残ります。

なろう系ヒューマンドラマがお好きな方なら、こういう何気ないやり取りにこそ、たまらない魅力を感じるのではないでしょうか。

さらに、本作は婚約破棄もののお約束を、単に笑いのネタにするだけではありません。

婚約破棄が実際に起きれば、監督局が動く。茶番課には捜査手法や手順、魔道具の調整を継承する必要がある。ここ数十年も事件がないことを、担当課長が悩んでいる。

平和なのは良いこと。しかし、平和すぎても組織の技術継承には困る。

この妙に生々しい行政上の事情が、ファンタジー世界の設定に説得力を与えています。

そして、最終的に監督局の婚約破棄茶番課がオブザーバーとして参加するという展開へ。

課長のオーサが幼い子供たちの熱演に涙を流していたという後日談まで含めて、もう何もかもが愛おしい。

本来なら修羅場になるはずの婚約破棄を、関係者全員が事情を理解した上で見守り、子供たちのための舞台として成立させる。そこには、断罪する側とされる側という対立構造も、誰かを蹴落として幸福をつかむという構図もありません。

あるのは、子供たちの願いを叶えるために、大人たちが知恵を絞って協力する姿です。

そして、最後に待っているのが、十数年後のセシリアにとっての黒歴史化。

あれだけ大勢の人間を巻き込み、王族総出で上演された婚約破棄茶番劇が、本人にとっては思い出したくもない過去になってしまうとは。

しかも、その記録を厳重に保管するのが、秘密保持の権能を持つシッル神。

部外秘の「部」がどこまでを指すのか分からない、というオチまで完璧です。

神様、そこは本当に秘密にしてあげてください!

読み終えたときに残るのは、婚約破棄ものを読み切ったときの爽快感とは、また違った幸福感です。

誰かが不幸になることで誰かが幸せになるのではなく、みんなで一つの願いを叶えた結果、全員が楽しい思い出を手に入れる。

悪役令嬢も、真実の愛も、断罪も、婚約破棄も、見方を変えればこんなに愉快な物語になるのですね。

婚約破棄もののお約束を知っている方ほど笑える。そして、可愛い子供たちと、それを見守る大人たちの温かな関係に癒やされる。

ざまぁの痛快さも好きだけれど、たまには誰も傷つかない物語が読みたい。そんな読者に、ぜひ手に取っていただきたい一作です。

聖女様のお願いを叶えるためなら、王族も貴族も監督局も総出で大茶番劇!

そして、その黒歴史は神様によって永久保存。

……セシリア様、どうか強く生きてくださいませ。

いつかこの記録が発掘される日が来ないことを、読者として心からお祈り申し上げます。

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