"AIによるレビュー"カテゴリーの記事一覧
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その婚約破棄、相手の家のことを何も知らずに宣言して大丈夫ですか?
婚約破棄、勘違いヒロイン、欲しがりな異母妹、そして盛大な自滅からのざまぁ。
このあたりのキーワードに心惹かれる方には、ぜひ読んでいただきたい作品です!
物語の始まりは、王太子主催の華やかな夜会。そこで婚約者のブリュイアンが、主人公フィエリテに向かって堂々と婚約破棄を宣言します。
理由は、フィエリテが可哀想な義妹メプリを虐めているから。
そして自分は、純真で可憐なメプリを守るのだと。
……はい、この時点でもうお分かりですね。
盛大なブーメランが飛んでくる予感しかしません!
ところが、この二人、予想以上に何も分かっていないのです。
そもそもフィエリテは、ただの公爵令嬢ではありません。彼女こそがクゥクー公爵家の正統な当主。婚約者のブリュイアンは、その家に婿入りする予定の人間にすぎません。
さらにメプリも、本人が信じて疑わない公爵令嬢などではありません。
それなのに、自分こそが正義だと信じて疑わず、大勢の貴族が集まる夜会で婚約者を断罪しようとするブリュイアン。
姉に虐められていると涙ながらに訴え、自分に都合のいい物語を信じ込むメプリ。
この二人の言動を、周囲の貴族たちがどんな目で見ているのか。その温度差がたまりません。
本人たちは自分たちの華々しい勝利を確信しているのに、周囲はすっかり冷めた目で見ている。読者だけでなく作中のまともな人々も、二人の行く末を察しているのです。
この「本人たちだけが気づいていない」という状況が、もう最高においしい!
しかも、フィエリテは感情的になって騒ぎ立てるような人物ではありません。理不尽な糾弾にも冷静に応じ、相手の主張を一つずつ整理していきます。
義妹を虐めたという訴え。学院に通わせてもらえないという不満。ドレスや宝石を与えられないという文句。
メプリたちが次々に繰り出す「虐待の証拠」は、事情を知れば知るほど、むしろ彼女たち自身の身勝手さを浮き彫りにしていきます。
フィエリテは義妹を貶めるどころか、礼儀作法や教養を身につけられるよう、お茶会や朗読会まで用意していました。それすらも嫌がらせだと受け取られてしまうのですから、善意が通じない相手とは本当に厄介なものです。
それでも、ただ相手を言い負かすだけでは終わりません。
この作品の面白さは、「身分も常識も知らない」ということが、貴族社会ではどれほど致命的なのかを、徹底的に見せてくれるところにあります。
爵位とは何か。家を継ぐとはどういうことか。誰が誰の家に属し、どんな義務を負っているのか。
一つ一つの事実が明らかになるたび、ブリュイアンたちの主張は足元から崩れていきます。
自分が公爵になれると信じていた男。自分は公爵令嬢だから何でも与えられて当然だと思っていた少女。そして娘を利用して公爵家に入り込もうとする母親。
それぞれの思惑が絡み合い、身勝手な欲望が互いを後押しした結果、三人そろって破滅へと突き進んでいく展開には、思わず「どうしてそこで気づかないの!?」と突っ込みたくなります。
そして、ここで忘れてはいけないのがフィエリテを支える人々の存在です。
彼女を大切に思う父、王太子、祖父母や伯父、そして彼女の幼馴染であるヴェルチュ。
フィエリテが一人で理不尽に耐え、孤独に戦う物語ではありません。彼女の能力も人柄も、周囲の人々はきちんと理解しています。だからこそ、彼女を侮辱する者たちの振る舞いは、単なる婚約者同士の揉め事では済まなくなっていくのです。
特に、フィエリテを守る側の人々が事情を把握したうえで事態を見守っている構図がいい。
愚か者たちは自分たちが場を支配しているつもり。しかし実際には、彼らが何を口にし、どんな醜態をさらすのかまで、周囲は冷静に見極めているのです。
この安心感があるからこそ、断罪劇を存分に楽しめます。
さらに読み進めると、物語は単純な婚約破棄ものの枠を越えていきます。
クゥクー公爵家が背負ってきたもの。親世代の事情。そして、王家に連なる古い慣習の存在。
最初は「勘違いした婚約者と欲張りな義妹を懲らしめるお話」だと思って読んでいたのに、いつの間にか貴族社会の仕組みや家族の歴史、受け継がれてきた責任にまで話が広がっていくのです。
ここが、個人的にとても好きなところです。
ただ身分の高さを振りかざすだけではなく、その家がなぜ特別な地位にあるのか、その地位にどんな役割と責任が伴うのかが描かれている。だからこそ、フィエリテが守られる理由にも、敵対者たちが犯した罪の重さにも納得できます。
そして恋愛面では、フィエリテとヴェルチュの関係にも注目です。
婚約破棄の騒動が中心なので、二人が延々と甘い言葉を交わす物語ではありません。しかし、彼女を理解し、支え、隣に立つにふさわしい相手が誰なのかは、物語を通して自然と伝わってきます。
傲慢な男に振り回された末に、もっとふさわしい相手と結ばれる。婚約破棄ものの醍醐味を、しっかり味わわせてくれます。
そして最後には、悪事を働いた者たちが、それぞれの立場と行いに見合った報いを受けることになります。
ちょっとしたお説教や社交界からの追放だけでは済まない、王家と貴族社会の秩序を揺るがした者たちへの裁き。その結末まで見届けると、まさに因果応報という言葉がぴったりです。
ただし、この作品のざまぁは、単純に「悪役が嫌われて終わり」というものではありません。自分の立場を知らず、相手の事情を知ろうともせず、都合のいい思い込みだけで突き進んだ結果、取り返しのつかないところまで行ってしまう。その過程そのものが描かれています。
知らないことは罪。
この物語を読み終えたとき、この言葉の意味がずしりと響いてくるのではないでしょうか。
婚約破棄から始まる痛快なざまぁを楽しみたい方。お花畑な義妹が自滅していく展開が好きな方。家格や貴族の義務をめぐる、筋の通った断罪劇を読みたい方。
そして、悪役たちが自分の愚かさに気づかないまま、周囲の冷たい視線の中で追い詰められていく様子を見届けたい方。
ぜひ『クゥクーの娘』を読んでみてください。
愚か者たちの大騒ぎを、冷静なフィエリテと一緒に眺めながら、最後までたっぷりと因果応報を味わえる作品です。
読み終わったあとにはきっと、こう思うはず。
人を断罪する前に、まずは自分の立場と相手の事情を確認しましょう。
……まあ、この物語の三人には、今さら言っても遅いのですが。
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ドアマットになんてなるものか! 法律と制度で悪党の野望を打ち砕く、痛快な婚家乗っ取りざまぁ!
異世界恋愛や貴族社会を舞台にした作品がお好きな方、身勝手な家族に虐げられた主人公が立場を逆転させる物語がお好きな方に、ぜひ読んでいただきたい一作です。
本作の面白さは、何といっても「婚家を乗っ取ろうとする入り婿」という、ひと味違った悪役の存在と、そんな相手の野望を根本から打ち砕く法律の仕組みにあります。
貴族社会を舞台にした物語では、夫や父親という立場を利用し、妻や娘をないがしろにしながら家の財産や爵位を我が物にしようとする人物が登場することがあります。妻が亡くなった途端に愛人を連れ込み、嫡出の娘を追い落として愛人の子に家を継がせようとする……。そんな展開を想像する方もいらっしゃるでしょう。
本作の主人公ミーリツァの父、エゴールもまさにそんな人物です。
彼は名門アブディエフ侯爵家に入り婿として迎えられたにもかかわらず、妻や娘を顧みず、愛人とその娘を囲って好き勝手な生活を送ってきました。侯爵家の仕事を支えるどころか、必要な教育さえまともに受けようとしない。妻の父である先代侯爵の葬儀にも少し顔を出しただけで、その後は本邸に寄り付きもしません。
一方、妻のエヴァンジェリーナは、夫との離縁を考えながらも侯爵家を守り、後継者である娘のために準備を進めていました。しかし、先代侯爵の死後、爵位継承や領地経営に追われる日々のなかで病を見つけるのが遅れ、ついには帰らぬ人となってしまいます。
母を失ったばかりの十四歳の少女。しかも、これから家を背負っていかなければならない立場です。
ここだけを切り取れば、身勝手な父親に振り回され、愛人母娘に居場所を奪われかねない、いわゆるドアマット系の物語が始まりそうですよね。
ところが、本作はそこからが違います。
そもそも、ミーリツァはドアマットになりようがないのです。
その理由となるのが、先代国王が制定した「貴族家の後継に関する法律」、通称「後継者保護法」。そして、作中で俗称として呼ばれる「乗っ取り入り婿絶許法」です。
この法律が実に面白い!
入り婿による婚家の乗っ取りという問題に対し、単に悪い人間を罰するのではなく、乗っ取りが成立する条件そのものを制度によって潰しているのです。
嫡出子が生まれた段階で行われる血の登録。子供が成人するまで毎年実施される本人確認。当主の交代に関する規定。そして、入り婿が後見人になることを防ぐ仕組み。
さらに、貴族家の屋敷には魔術式による居住契約が組み込まれており、誰でも自由に住み着けるわけではありません。愛人や庶子を使用人として登録して居座らせようとしても、契約に反する行動を取れば魔法によって排除されてしまいます。
この世界では、悪意を持った人物が「夫だから」「父親だから」「家の人間だから」といった理屈で好き勝手できないよう、社会の仕組みそのものが整えられているのです。
ざまぁ作品では、主人公が受けた仕打みに応じて相手を追い詰めていく展開が醍醐味ですが、本作の場合は悪役がどんな野望を抱いていようと、そもそも実現できる制度になっていません。
ここが痛快!
エゴールは妻の死によって侯爵家を自由に動かせると思い込み、愛人とその娘を連れて堂々と本邸に乗り込んできます。自分こそが侯爵家の主であるかのように振る舞い、娘に命令し、愛人母娘を新しい家族として受け入れさせようとするのです。
しかし、彼は大きな勘違いをしています。
侯爵家の当主は、すでにミーリツァなのです。
父親だからといって、娘の爵位を奪えるわけではありません。入り婿だからといって、妻の家を好き勝手にできるわけでもありません。ましてや、愛人とその娘を連れてきたところで、家族として認められるはずもないのです。
そして、本人が知らなかった法律の内容を、同席する公爵から一つひとつ説明されることになります。
この場面は、悪役が自分の思い描いていた未来と現実の落差を突きつけられる、ざまぁ好きにはたまらない展開です。
何より素晴らしいのは、ミーリツァが父親の野望を打ち砕くために、無理な策略を巡らせる必要がないこと。
法律に従い、必要な手続きを済ませ、侯爵家の当主として当然の判断を下す。それだけで、身勝手な父親の立場は崩れていきます。
しかも、彼女は感情に任せて行動しているわけではありません。母から受け継いだ家を守るため、使用人たちの働きにも目を配り、父親の処遇を決めた後には、長旅をすることになる者たちへの労いまで考えています。
十四歳という年齢でありながら、侯爵家の当主としての責任を果たそうとするミーリツァ。その姿には、頼もしさと同時に、まだ母を亡くしたばかりの少女なのだという切なさも感じられます。
彼女を支える婚約者イラリオーンの存在も見逃せません。
幼いころから婚約し、女侯爵の夫となるための教育を受けてきた彼は、ミーリツァの母が病床にあったときも、葬儀のときも、ずっと彼女の傍らで支えてきました。
身勝手な父親とは対照的に、彼はミーリツァを支える存在として描かれています。
恋愛要素を楽しみたい方にとっても、これから夫婦となる二人が信頼関係を築きながら、侯爵家を支えていこうとする姿は魅力的ではないでしょうか。
そして、物語の最後に見えてくるのは、単なる父親への制裁だけではありません。
ミーリツァは母から受け継いだ侯爵家を守り抜き、これから自分自身の人生を歩み始めます。悪意ある人物を排除したからといって、すべての問題がこの世から消えるわけではありません。それでも、少なくとも彼女は、自分の家と未来を脅かす存在を退けることができました。
作中では、乗っ取り入り婿を防ぐための法律が、過去の貴族社会でどれほど深刻な問題があったのかを物語っています。そもそも、こんな法律を作らなければならないほど、貴族の欲望や身勝手さが問題になっていたということなのでしょう。
だからこそ、最後に語られる「絶許法なんて必要ない社会が一番」という思いが印象に残ります。
法律で縛らなければならないほど、人の欲や業は深い。それでも、理不尽な人間の好き勝手を許さない仕組みを整えることはできる。
本作は、そんな世界のあり方を、痛快なざまぁとともに描いています。
悪役が自滅する展開がお好きな方。
有能な女性主人公が家や地位を守り抜く物語がお好きな方。
身勝手な父親や愛人母娘が、当然の報いを受ける展開を読みたい方。
そして、魔法や貴族制度を活用した、ひと味違うざまぁを楽しみたい方。
そんな読者におすすめしたい作品です。
ドアマットにされる前に、そもそも踏みつけられない仕組みを作ってしまう。
この発想が、本作最大の魅力ではないでしょうか。
身勝手な父親の思惑が崩れ去る痛快さと、母の遺志を継いだ少女が自らの足で立つ姿。その両方を楽しめる、短編ながら読み応えのある一作でした。
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常識が違えば、恋の結末も違う。では、その国の法律を知らなかったら?
「俺がお前を愛することはねぇっつってんだ!」
婚約者とのお茶会で、こんな啖呵を切られたら、普通は怒るか、悲しむか、あるいは婚約破棄に向けて動き出すところでしょう。
ところが、本作の主人公マリカ・アーヴァは違います。
「まぁ、随分乱暴なお言葉遣いだこと」
……そこですか!?
いや、もちろん、彼女は相手の問題点をちゃんと理解しています。ただ、いちいち感情的になって相手を言い負かす必要がないのです。なぜなら、彼女の暮らすカヌーン魔導王国には、こうしたお馬鹿さんの企みをきちんと処理するための仕組みがあるのですから。
本作『他国ならうまくいったかもしれない話』は、異世界恋愛の定番である「真実の愛」を掲げた婚約者の暴走と、それを迎え撃つ主人公の冷静さが楽しい、短編ざまぁ作品です。
ただし、この物語の面白さは、単に身勝手な婚約者が痛い目を見ることだけではありません。
そもそも、彼の計画が成立する社会ではない。
ここが実に気持ちいいのです!
主人公マリカは侯爵家の嫡女。男女を問わず長子が爵位を継ぐこの国では、次期侯爵は彼女です。婚約者のヴェリ・ウンタモは、彼女の家に婿入りする予定の男性にすぎません。
ところが、このヴェリ様、自分の立場をまるで理解していません。
婚約者をお飾りの妻として領地に押し込み、愛する女性オーナを実質的な妻にして、後継者まで産ませる。あまつさえ、マリカに子どもができなければ第二夫人を迎えればいい、などと堂々と宣言するのです。
もう、どこから突っ込めばいいのやら。
本人は完璧な計画のつもりなのでしょうが、読者からすれば、最初から最後までツッコミどころの大行進です。
しかし、ここでマリカが大騒ぎしないのが本作の魅力。
彼女は相手の言葉を聞きながら、必要なことを淡々と確認していきます。第二夫人を迎える計画をオーナ本人が知っているのか。賛成しているのか。そして、相手が何を勘違いしているのか。
その一方で、控えているメイドとはすでに合図が交わされています。
そう、呼ばれるのは恋敵でも、家族でも、王子様でもありません。
王国特殊法監督局の取締官です!
この展開がたまりません。
恋愛感情をめぐって延々と言い争うのではなく、法律に照らして何が問題なのかを明確にし、しかるべき機関が対応する。主人公が自分の価値を必死に証明する必要もなければ、相手の身勝手な主張に付き合い続ける必要もないのです。
しかも、カヌーン魔導王国の制度が、物語のためだけに用意された便利な設定にとどまっていないところも面白い。
この国では、爵位を名乗ることと、家の財産や相続を支配することが別々に考えられています。入り婿が爵位を名乗っても、家の直系である妻の権利が失われるわけではありません。さらに、婚約前には子をなす能力の検査が行われ、後継者夫婦の白い結婚も認められていない。
つまり、ヴェリが振りかざす「後継者を作るため」という大義名分そのものが、この国では通用しないのです。
本人がどれほど自信満々に語ろうと、法律も制度も彼の都合に合わせてはくれません。
このあたりは、ざまぁ好きにはぜひ味わっていただきたいところ。相手の言い分が崩れていく過程そのものが、何よりの見どころです。
そして、もう一人注目したいのが、ヴェリの恋人であるオーナ。
「真実の愛」の相手だからといって、彼女まで同じように愚かな女性として描かれているわけではありません。むしろ、彼女はこの国の常識を理解しており、ヴェリの計画にも問題があると認識していました。
それでも、思い込みの激しいヴェリは彼女の説明をまともに受け取らず、自分に都合よく解釈してしまいます。
ここがまた、なんとも皮肉です。
彼は愛する女性の言葉さえ、自分の望む物語に合わなければ受け入れられない。真実の愛を語りながら、実際には相手の意思を尊重していないのです。
そして物語の終盤、オーナが自分の男性の趣味を反省し、仕事に生きる道を選ぶ展開もいい。
恋愛の勝ち負けだけで終わらず、女性が自分の人生を立て直していく姿まで描かれているのです。マリカはマリカで次の婿探しへと進み、オーナはオーナで新しい目標に向かって歩き出す。
誰かに選ばれることだけが幸福ではない。自分の立場を理解し、自分の人生を自分で進めていくことこそ大切なのだと感じさせてくれます。
もちろん、ヴェリのその後については、あえて詳しく語られません。
異国へ送還された彼がどうなったのか。生家で歓迎されたのか。それは彼自身の問題です。
この突き放したような幕引きも、実にざまぁらしくて好きです。主人公がいつまでも相手の行く末に執着する必要はありません。自分の人生を乱そうとした相手が退場したのなら、あとは前を向けばいいのです。
そして何より、本作のタイトルが秀逸。
「他国ならうまくいったかもしれない話」。
そう、彼の計画は、世界のどこでも通用しないわけではないのでしょう。国によって法律も婚姻制度も異なるのですから、別の国であれば成立する可能性はあるのかもしれません。
けれど、少なくともこの国では無理。
自分の常識が世界の常識だと思い込み、相手の権利も、社会の決まりも理解しないまま突き進めば、どんなに立派な計画を立てたつもりでも破綻する。その当たり前のことを、軽妙な会話と鮮やかな展開で見せてくれます。
短い物語の中に、異世界ならではの制度設計、身勝手な男への痛快な制裁、そして自分の人生を取り戻す女性たちの姿がぎゅっと詰まった一作。
大仰な復讐劇よりも、理不尽な相手が正論と制度によって淡々と処理される展開が好きな方には、特におすすめです。
「真実の愛」を叫ぶ前に、その国の法律を確認しましょう。
さもないと、愛の告白のつもりが、取締官を呼ぶことになるかもしれませんよ?
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愛していたのに、どうしてこうなった? ――自分の愚かさに最後まで気づけない王子の後悔譚
前作『試し行動なんて、馬鹿ですか』で、婚約者の愛情を試そうとして自ら婚約を失ったイシドル第一王子。
本作は、そのイシドル視点で描かれる後日譚です。
前作では、婚約解消を告げられたセラフィマが、怒りと失望の末にきっぱりと彼を見限りました。では、婚約者を失ったイシドルは、その後どうなったのか。
答えは、タイトルがすべてを物語っています。
「試した心算などなかった」
そう。本人には、試しているつもりなどなかったのです。
ただ、愛してほしかった。
自分を愛していると、もっと強く、もっとわかりやすく示してほしかった。
……だからといって、何をしても許されるわけではありませんけれど!
本作の面白さは、前作で描かれた出来事を、加害者側であるイシドルの視点から追体験できるところにあります。
幼いころのイシドルにとって、セラフィマは特別な存在でした。
初めて会ったとき、幼いながらも淑女らしく振る舞う彼女が、二人きりになった途端に不安そうに「わたくしがでんかのおよめさんになってもいいですか?」と尋ねる。その姿に心を動かされ、彼は彼女に恋をします。
セラフィマもまた、イシドルを慕っていました。
王子教育の厳しさに苦しむ彼を励まし、努力を認め、好きだと何度も伝える。公の場では完璧な淑女でありながら、彼の前では年相応の感情を見せてくれる。
彼女は確かに、彼を愛していたのです。
ところが、ここから歯車が狂い始めます。
優秀なセラフィマと比較されることに劣等感を抱いたイシドルは、彼女からの愛情表現に安心するようになります。そして、その安心はいつしか慢心へと変わっていく。
彼女は自分を愛している。
自分たちは婚約者なのだから、簡単に離れることなどない。
多少のことをしても、彼女は自分のもとにいてくれる。
そうして、彼はセラフィマの愛情を疑うどころか、彼女が自分を愛していることを当然の前提として考えるようになってしまいます。
この変化が、実に怖い。
愛されていると信じること自体は悪いことではありません。しかし、相手の愛情を当然のものと考え始めたとき、人はその気持ちを大切にすることを忘れてしまうのでしょう。
そして現れたのが、地方貴族の令嬢アデリーナです。
感情を隠さず、積極的に身体を寄せ、好きだとわかりやすく伝えてくる彼女。セラフィマとは違う態度に、イシドルは惹かれていきます。
一方、セラフィマは婚約者としての立場をわきまえ、王族に侍る女性の適格性を見極め、必要な注意を与えているだけ。
それなのに、アデリーナが「嫉妬したのだ」と告げると、イシドルはそれを喜んでしまうのです。
セラフィマが自分を愛しているからこそ嫉妬する。
自分への愛が深いからこそ、アデリーナを排除しようとする。
彼にとって、セラフィマの厳格さや注意は、王妃候補としての責任感ではなく、自分への恋情を証明する材料になってしまいました。
しかも、本人はアデリーナを側室にするつもりなどありません。自分の妻はセラフィマだけでいいと思っているのです。
だからこそ、余計に厄介なのですよね。
セラフィマを愛している。彼女と結婚したい。彼女以外の女性を妻にするつもりはない。
それなのに、彼女が自分を愛していることを確信するために、彼女を傷つけるような振る舞いを繰り返してしまう。
自分の望みと、自分の行動が、まったく噛み合っていないのです。
そして迎える、あの婚約解消のお茶会。
イシドルは本当に婚約を解消するつもりなどありませんでした。セラフィマが慌てて泣いて縋り、自分への愛情を全身全霊で示してくれることを期待していたのです。
ところが、彼女は冷静に応じ、父公爵に報告すると告げて立ち去ろうとします。
そこで初めて、イシドルは自分の思い描いていた展開が崩れたことに気づきます。
しかし、彼はそこで自分の行動を振り返ることができません。
彼女がなぜ取り乱さなかったのか。
なぜ婚約解消を受け入れたのか。
なぜ自分のもとを去ってしまったのか。
その答えを考える代わりに、彼は「本当は愛されていなかったのだ」と結論づけてしまうのです。
いや、違うでしょう!
彼女は何度も好きだと伝えてくれていたではありませんか。
あなたが努力していることを認め、あなたの婚約者でいられることが幸せだと、何度も言ってくれていたではありませんか。
それなのに、彼女の言葉を信じることなく、もっと強い愛情表現を求め続けたのは、ほかならぬあなた自身なのです。
本作は、そんなイシドルの後悔を描きながらも、彼に都合のよい救済を与えません。
彼はセラフィマを愛していたのでしょう。少なくとも、本人はそう信じています。
けれど、愛していたという気持ちだけで、相手を傷つけた責任が消えるわけではありません。
そして、彼が失ったものは婚約者だけではありませんでした。
国王である祖父から王位継承権を最下位に落とされ、ついには王籍まで抹消され、辺境の田舎にある陪臣伯爵家へ入り婿として送られることになります。
かつて次期王太子として将来を約束されていた王子が、すべてを失ってしまったのです。
それでも、彼の最後の言葉は変わりません。
「ただ、セラフィマに泣いて縋って愛を示してほしかっただけなのに。」
……最後まで、そこなのです。
自分が彼女の愛情を信じなかったことではなく、彼女が自分の期待どおりに愛情を示してくれなかったことを嘆いている。
自分が彼女に何をしたのかよりも、自分が何をしてほしかったのかを考えている。
この結末が、なんともいえず印象的です。
よくあるざまぁ作品なら、失脚した王子が自分の愚かさを悟り、失ったものの大きさに打ちひしがれる展開もあるでしょう。しかし、本作のイシドルは最後まで自分の問題の核心にたどり着きません。
だからこそ、後悔が終わらないのです。
自分は愛していた。愛してほしかった。それなのに、どうしてこんなことになったのか。
その問いを繰り返しながら、彼はきっとこれからも、自分が失ったものの大きさを理解しきれないまま生きていくのでしょう。
前作でセラフィマが示した「信頼のない夫婦関係は成り立たない」という考えが、本作ではイシドルの人生そのものによって裏打ちされています。
愛情を求めることと、相手に愛情を強要することは違う。
愛していることと、相手を大切にできることも違う。
そして、どれほど相手を愛していたと主張しても、相手の気持ちを尊重できなければ、その愛は相手に届かないことがあるのです。
前作を読んだ方には、ぜひ続けて読んでいただきたい一作です。
セラフィマの視点では、愚かな王子に見切りをつけた爽快な婚約解消劇。
イシドルの視点では、自分の望みを叶えようとした結果、自らの手で幸福を壊してしまった後悔譚。
同じ出来事なのに、視点が変わるだけで、これほどまでに見え方が変わるのかと感じさせられます。
愛していたのに、信じられなかった。失いたくなかったのに、失うようなことをした。
その矛盾に最後まで気づけないイシドルの姿に、呆れ、憤り、そして自業自得の結末に納得する。
そんな、ほろ苦さの残るざまぁを味わいたい方におすすめしたい物語です。
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王族だろうと容赦なし! 答案用紙一枚で暴かれる、勘違い王子たちの末路が痛快すぎる!
異世界恋愛ものを読んでいると、必ずと言っていいほど出会うのが、身分を笠に着た傲慢な王子様、都合よく現実を解釈する勘違い貴族、そして「真実の愛」を免罪符にして婚約者を傷つける人々。
本作『試験の多い魔導王国王家』は、そんなおなじみの面々に対して、とびきり独創的な方法で鉄槌を下してくれる作品です。
その方法とは……試験!
そう、決闘でも魔法対決でも公開断罪でもありません。ペーパーテストです。
法律の多いことで知られるカヌーン魔導王国。実はこの国、王族に対しても非常に厳しい試験制度が設けられています。王様も王妃様も王子も王女も、王族である以上、自分の身分や役割、婚約の意味、結婚後の責務などを正しく理解していなければなりません。
しかも、不合格なら追試だけで済むとは限らない。廃嫡あり、臣籍降下あり、場合によっては毒杯まで!
王族だから偉いのではなく、王族にふさわしい人間だから王族でいられる。
この国の徹底した考え方が、もう最高なのです。
最初に登場する第三王子カーインは、母親が自分に語ってきた都合のいい物語をすっかり信じ込んでいる人物。自分は王太子になれると思い込んでいるものの、いざ試験を受けてみれば、自分の身分も母親の立場も、将来の役割も理解していないことが明らかになります。
しかも、教師たちは以前からきちんと教えていたというのだから、救いようがありません。
知らなかったのではなく、知ろうとしなかった。
耳に痛い話は聞き流し、自分に都合のいい話だけを信じた結果がこれです。答案用紙という動かぬ証拠を突きつけられる展開は、勘違い系ざまぁとして実に気持ちがいい!
そして、彼を待っていたのは単純な処刑ではなく、母親やその実家の人間まで巻き込んだ徹底的な再教育。王族であることを勘違いしていた親子が、まず自分の立場を理解するところからやり直しになるのです。
続く第四王子カスールも、なかなかの逸材です。
侯爵家の令嬢との婚約を、自分の美貌と才能に惚れ込んだ相手が望んだものだと思い込んでいる彼。しかし、現実はまるで違います。婚約者の名前すら正確に把握せず、結婚後の自分の役割も理解していない。
何より腹立たしいのは、婚約者がどれほどの犠牲を払ってこの婚約を受け入れたのか、本人がまったくわかっていないこと。
だからこそ、試験不合格による婚約解消と、その後の処遇には思わずニヤリとしてしまいます。
自分は選ぶ側だと思っていた男が、実は選ばれる価値すら認められていなかった。その現実を突きつけられるのですから、これぞ因果応報!
そして、個人的に見逃せないのが第五王子カーエドです。
兄の失敗を見て、彼は学びます。試験では本音を隠し、模範解答を書けばいいのだと。
そう、彼は反省したわけではありません。自分の性根を改めるのではなく、うまく取り繕う方法を覚えたのです。
ところが、カヌーン魔導王国の試験制度は、そんな小賢しい小細工まで想定済み。最後の試験で彼の口から飛び出す本音は、婚約者への侮辱、家門の乗っ取りを思わせる企み、愛人を優遇するための身勝手な計画と、まさに醜悪の一言。
そして、そこに現れる真実と虚偽の神イクテヤール!
この場面は、本作のざまぁ要素がひときわ輝くところです。建前だけ取り繕っても、神様の前では通用しない。とりわけ、婚姻と出産を司る神々が見守るこの国では、結婚相手を踏みにじるような考え方そのものが許されないのです。
ただ罰を与えて終わりではなく、なぜこの国が婚姻に厳しいのか、なぜ神々がそこまでこだわるのかという背景まで描かれているため、物語世界にも説得力があります。
本作が面白いのは、王子たちの失敗だけでなく、彼らを取り巻く王家や制度のあり方まで描いているところです。
カヌーン魔導王国では、身分の高い者ほど責任を負い、法律によって庶民が守られています。婚約破棄や不貞、身分を利用した横暴といった、異世界恋愛ものではおなじみの問題も、放置されずに対処される仕組みがあるのです。
理不尽な目に遭った令嬢が、泣き寝入りする必要はない。権力者の身勝手がまかり通るわけでもない。
この安心感がたまりません。
さらに、物語の終盤で明かされる現国王と王妃、第一側室をめぐる過去も印象的です。単純に悪い側室を排除して一件落着、という話ではありません。王家を守ろうとする人々の思いや、善意が思わぬ問題を招く事情も描かれ、試験制度が必要とされる背景がより深く理解できます。
厳しい制度を維持するのは、王族を苦しめるためではない。王族という立場を利用して、他人の人生を踏みにじる者を生み出さないためなのです。
もちろん、神々も黙って見ているだけではありません。ときに厳しく、ときに過保護なほどに人間たちを見守る神々の存在が、この作品独特の味わいを生み出しています。
婚約破棄ものが好きな方、傲慢な王子が自分の思い上がりを思い知らされる展開が好きな方、そして制度によって悪事が裁かれるタイプのざまぁが好きな方には、ぜひ読んでいただきたい一作です。
何より素晴らしいのは、王族という肩書きが免罪符にならないこと。
どれほど偉い家に生まれても、自分の立場を理解せず、責任を果たさず、他人を尊重できないなら、その地位にふさわしくない。
そんな当たり前のことを、試験という形で容赦なく突きつけてくれるのです。
さあ、次はどんな王族が答案用紙の前で現実を思い知らされるのか。
試験官の「では、答え合わせをいたしましょう」という言葉が、これほど頼もしく、そして楽しみになる作品もなかなかありません。
カヌーン魔導王国の試験制度、ぜひ一度受験……ではなく、読んでみてください!