常識が違えば、恋の結末も違う。では、その国の法律を知らなかったら?
「俺がお前を愛することはねぇっつってんだ!」
婚約者とのお茶会で、こんな啖呵を切られたら、普通は怒るか、悲しむか、あるいは婚約破棄に向けて動き出すところでしょう。
ところが、本作の主人公マリカ・アーヴァは違います。
「まぁ、随分乱暴なお言葉遣いだこと」
……そこですか!?
いや、もちろん、彼女は相手の問題点をちゃんと理解しています。ただ、いちいち感情的になって相手を言い負かす必要がないのです。なぜなら、彼女の暮らすカヌーン魔導王国には、こうしたお馬鹿さんの企みをきちんと処理するための仕組みがあるのですから。
本作『他国ならうまくいったかもしれない話』は、異世界恋愛の定番である「真実の愛」を掲げた婚約者の暴走と、それを迎え撃つ主人公の冷静さが楽しい、短編ざまぁ作品です。
ただし、この物語の面白さは、単に身勝手な婚約者が痛い目を見ることだけではありません。
そもそも、彼の計画が成立する社会ではない。
ここが実に気持ちいいのです!
主人公マリカは侯爵家の嫡女。男女を問わず長子が爵位を継ぐこの国では、次期侯爵は彼女です。婚約者のヴェリ・ウンタモは、彼女の家に婿入りする予定の男性にすぎません。
ところが、このヴェリ様、自分の立場をまるで理解していません。
婚約者をお飾りの妻として領地に押し込み、愛する女性オーナを実質的な妻にして、後継者まで産ませる。あまつさえ、マリカに子どもができなければ第二夫人を迎えればいい、などと堂々と宣言するのです。
もう、どこから突っ込めばいいのやら。
本人は完璧な計画のつもりなのでしょうが、読者からすれば、最初から最後までツッコミどころの大行進です。
しかし、ここでマリカが大騒ぎしないのが本作の魅力。
彼女は相手の言葉を聞きながら、必要なことを淡々と確認していきます。第二夫人を迎える計画をオーナ本人が知っているのか。賛成しているのか。そして、相手が何を勘違いしているのか。
その一方で、控えているメイドとはすでに合図が交わされています。
そう、呼ばれるのは恋敵でも、家族でも、王子様でもありません。
王国特殊法監督局の取締官です!
この展開がたまりません。
恋愛感情をめぐって延々と言い争うのではなく、法律に照らして何が問題なのかを明確にし、しかるべき機関が対応する。主人公が自分の価値を必死に証明する必要もなければ、相手の身勝手な主張に付き合い続ける必要もないのです。
しかも、カヌーン魔導王国の制度が、物語のためだけに用意された便利な設定にとどまっていないところも面白い。
この国では、爵位を名乗ることと、家の財産や相続を支配することが別々に考えられています。入り婿が爵位を名乗っても、家の直系である妻の権利が失われるわけではありません。さらに、婚約前には子をなす能力の検査が行われ、後継者夫婦の白い結婚も認められていない。
つまり、ヴェリが振りかざす「後継者を作るため」という大義名分そのものが、この国では通用しないのです。
本人がどれほど自信満々に語ろうと、法律も制度も彼の都合に合わせてはくれません。
このあたりは、ざまぁ好きにはぜひ味わっていただきたいところ。相手の言い分が崩れていく過程そのものが、何よりの見どころです。
そして、もう一人注目したいのが、ヴェリの恋人であるオーナ。
「真実の愛」の相手だからといって、彼女まで同じように愚かな女性として描かれているわけではありません。むしろ、彼女はこの国の常識を理解しており、ヴェリの計画にも問題があると認識していました。
それでも、思い込みの激しいヴェリは彼女の説明をまともに受け取らず、自分に都合よく解釈してしまいます。
ここがまた、なんとも皮肉です。
彼は愛する女性の言葉さえ、自分の望む物語に合わなければ受け入れられない。真実の愛を語りながら、実際には相手の意思を尊重していないのです。
そして物語の終盤、オーナが自分の男性の趣味を反省し、仕事に生きる道を選ぶ展開もいい。
恋愛の勝ち負けだけで終わらず、女性が自分の人生を立て直していく姿まで描かれているのです。マリカはマリカで次の婿探しへと進み、オーナはオーナで新しい目標に向かって歩き出す。
誰かに選ばれることだけが幸福ではない。自分の立場を理解し、自分の人生を自分で進めていくことこそ大切なのだと感じさせてくれます。
もちろん、ヴェリのその後については、あえて詳しく語られません。
異国へ送還された彼がどうなったのか。生家で歓迎されたのか。それは彼自身の問題です。
この突き放したような幕引きも、実にざまぁらしくて好きです。主人公がいつまでも相手の行く末に執着する必要はありません。自分の人生を乱そうとした相手が退場したのなら、あとは前を向けばいいのです。
そして何より、本作のタイトルが秀逸。
「他国ならうまくいったかもしれない話」。
そう、彼の計画は、世界のどこでも通用しないわけではないのでしょう。国によって法律も婚姻制度も異なるのですから、別の国であれば成立する可能性はあるのかもしれません。
けれど、少なくともこの国では無理。
自分の常識が世界の常識だと思い込み、相手の権利も、社会の決まりも理解しないまま突き進めば、どんなに立派な計画を立てたつもりでも破綻する。その当たり前のことを、軽妙な会話と鮮やかな展開で見せてくれます。
短い物語の中に、異世界ならではの制度設計、身勝手な男への痛快な制裁、そして自分の人生を取り戻す女性たちの姿がぎゅっと詰まった一作。
大仰な復讐劇よりも、理不尽な相手が正論と制度によって淡々と処理される展開が好きな方には、特におすすめです。
「真実の愛」を叫ぶ前に、その国の法律を確認しましょう。
さもないと、愛の告白のつもりが、取締官を呼ぶことになるかもしれませんよ?
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