勘違い王子様、盛大に自爆! そしてヒロインは王妃の座より自由を選ぶ
「わたくし、殿下を一度も愛しておりませんけれど?」
この一言に、すべてが詰まっています。
婚約破棄、真実の愛に目覚めた王子、平民ヒロイン、そして勘違い王子へのざまぁ。なろう系異世界恋愛がお好きな方なら、思わず心が躍る要素がそろった本作ですが、読んでみると単なる婚約破棄ものにとどまらない、「誰かの期待に応えること」と「自分の人生を生きること」は違うのだというテーマが、しっかりと物語の芯を通しています。
物語の幕開けは、華やかな王宮の夜会。王位継承者となったシャルル王子が、大勢の貴族たちの前で侯爵令嬢エメリーヌに婚約破棄を突きつけます。
しかも、その理由がまた見事な勘違い!
自分との婚約は彼女が執着した結果であり、自分を思いどおりにするために侯爵家が王家へ圧力をかけたのだと、勝手に決めつけているのです。対するシャルル王子は、平民の娘ヨランドとの「真実の愛」を掲げ、身分など愛の前では関係ないとばかりに堂々と宣言。
いやいや、殿下。いったい何をどう解釈したら、そこまで自信満々になれるのでしょうか。
しかし、本作の面白さは、ここでエメリーヌが泣き崩れたり、王子にすがったりしないところにあります。
彼女は冷静です。実に冷静です。
自分が婚約者に選ばれたのは恋愛感情からではなく、王家の事情によるもの。先王太子の死によって王位継承順位が変わり、新たな継承者にふさわしい婚約者が必要になった。その条件に合致したからこそ、彼女は王家から打診を受けたのです。
つまり、シャルル王子が思い込んでいる「自分に恋い焦がれた令嬢が、念願かなって婚約者の座を手に入れた」という筋書きそのものが、最初から存在していなかったわけです。
この事実を大勢の貴族たちの前で淡々と説明していくエメリーヌが、本当に格好いい!
感情的になって相手を罵倒するのではなく、事実を並べ、誤解を正し、必要な責任を相手に返す。言葉遣いはあくまでも上品なのに、王子の思い込みがひとつずつ崩れていく様子には、じわじわとした爽快感があります。
そして何より、彼女のこの言葉が印象的です。
婚約者として公務を支え、外交の準備をし、王宮で殿下の立場が損なわれないように振る舞ってきた。それはすべて、婚約者としての責務だった。
そこに恋心があったわけではない。
相手のために尽くしていたように見えた行動も、彼女にとっては自分の役割を果たしていただけ。王子はその区別すら理解していなかったのです。
人の親切を好意と決めつけ、礼儀を愛情と勘違いし、献身を自分への執着だと思い込む。シャルル王子の問題は、単に恋に浮かれていたことではありません。自分に都合のよい物語を作り上げ、その物語の中に他人を勝手に配置していたことなのです。
だからこそ、エメリーヌがあっさり婚約破棄を受け入れる場面が効いてきます。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
王子にとっては、彼女が取り乱し、自分を引き留め、最後には悔しがるはずの場面だったのでしょう。ところが、当の本人はむしろ肩の荷が下りたようなもの。
この温度差がたまりません。
しかも、エメリーヌはただ婚約を解消して終わりにはしません。正式な手続きを求め、王家と貴族院への報告についてもきちんと確認する。自由を求めるのなら、その選択に伴う責任も引き受けてくださいね、というわけです。
ここから物語は、個人的な恋愛騒動から王位継承問題へと広がっていきます。
シャルル王子は、自分が愛する女性を選ぶ自由を主張します。それ自体は、決して間違いではないでしょう。しかし、王位継承者という立場には、個人の恋愛とは別の責任があります。王太子妃を迎えることは、単に好きな相手と結婚するというだけでは済まないのです。
貴族院が問題視したのも、平民の女性を愛したことそのものではありません。正式な手続きを無視して婚約破棄を宣言し、侯爵家が王家を脅したなどという事実無根の発言をし、王位継承者としての責務を軽んじたことでした。
ここが、本作のざまぁの気持ちよさにつながっています。
エメリーヌが裏で陰謀を巡らせたわけでも、相手を陥れるために罠を仕掛けたわけでもありません。彼女は自分の意思を示し、婚約破棄を受け入れただけ。あとはシャルル王子自身の言動が、彼自身の立場を危うくしていくのです。
まさに自業自得。
自分は王子だから、自分の望みは通って当然。相手は自分を愛しているはずだから、どんな態度を取っても最後には受け入れてくれるはず。そんな甘い思い込みが、王位継承者としての適格性を問われる事態へとつながっていく。
そしてついに、シャルル王子は王位継承者としての資格を失います。
一方のエメリーヌは、王妃の座を失ったことを嘆くどころか、ほっと胸をなで下ろすのです。
ここで個人的に好きなのが、物語が「王子を見返して、もっと素晴らしい男性と結ばれました!」という結末だけを目指していないところです。
もちろん、ざまぁとしての決着はあります。勘違い王子は責任を問われ、次の王位継承者には別の人物が立てられます。しかし、エメリーヌの幸福は、王子が失脚したことだけでは完成しません。
彼女が本当に手に入れたのは、自分の時間と、自分の人生を選ぶ権利なのです。
王宮にいた頃のエメリーヌは、王族の婚約者として必要な教育を受け、公務を支え、常に周囲に気を配ってきました。王妃になる覚悟も持っていました。だからこそ、彼女は責務を軽んじていたわけではありません。
ただ、その責務を果たすことと、自分自身の気持ちを犠牲にし続けることは違う。
王宮を離れた彼女が、朝食のあとに庭を散歩し、好きな本を読み、母とお茶を楽しむ。何気ない日常を贅沢だと感じる場面には、派手な断罪劇とはまた違った幸福感があります。
これまで義務と責任に追われていた女性が、ようやく自分のために時間を使えるようになる。その変化が、静かに、けれど確かな満足感をもたらしてくれます。
そして、最後まで自分の思い込みを捨てられないシャルル王子。
エメリーヌが婚約破棄を受け入れたのも、本当は愛しているからこその強がりだと思い込んでいるという話には、思わず苦笑してしまいました。ここまできても、まだ自分が彼女の人生の中心にいると思っているのですから。
いいえ、殿下。
彼女はもう、あなたの物語の登場人物ではありません。
この一貫した構図が、タイトルの「勘違い王子」という言葉を最後まで鮮やかに際立たせています。
また、ヨランドについても、単純に悪女として断罪するのではなく、恋を信じた彼女自身の今後は彼女の自由だと距離を置いているところが印象的です。エメリーヌは、自分を傷つけた相手を必要以上に憎むことも、他人の人生を支配しようとすることもしません。
自分の人生を取り戻した彼女は、他人の人生もまた、その人自身が選ぶものだと理解しているのでしょう。
婚約破棄、勘違い王子へのざまぁ、王位継承をめぐる政治的な決着。そして、義務から解放されたヒロインの新しい人生。
なろう系異世界恋愛のおいしいところを楽しみつつ、読み終えたあとには、自分の意思を大切にすることの意味まで考えさせてくれる作品です。
誰かに愛されるためでも、誰かに認められるためでもなく、自分自身のために生きる。
王妃にならなかったエメリーヌが、最後には自分の人生を愛せるようになった。その結末こそが、この物語における最大のざまぁであり、最高のハッピーエンドなのだと思います。
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