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夢見る仔猫の雑記帳

創作サイト『夢見る仔猫』の雑記帳

試し行動なんて、馬鹿ですか

試し行動で16年の婚約を失った王子。恋愛小説の「不器用な恋」は、現実ではただの信頼破壊です。

「セラフィマ、私との婚約を解消してほしい」

いつものお茶会で婚約者から告げられた、突然の婚約解消。

けれど、セラフィマは取り乱さない。理由を問い詰めることも、泣いて縋ることもせず、淡々と家に報告すると告げるだけ。

それに焦った婚約者のイシドル第一王子は、なんと彼女に向かって叫ぶのです。

「そなたは! やはり私を愛してなどいないということだな!」

……いや、何を言っているんですか、殿下。

本作は、婚約者の愛情を確かめるために婚約解消を持ち出した王子と、そんな愚かな試し行動によって恋心を失った公爵令嬢セラフィマの物語です。

いわゆる「ざまぁ」ものですが、ただ婚約破棄した王子が没落して終わり、という話ではありません。

この作品の魅力は、恋愛感情と信頼関係は別物であり、相手を愛しているからといって何をされても許せるわけではないという、至極真っ当な現実を描いているところにあります。

セラフィマは、ただの政略結婚の駒ではありません。

幼いころから王族に連なる者としての教育を受け、将来の王妃にふさわしい教養と振る舞いを身につけ、貴族社会の複雑な人間関係にも対応できるよう努力してきた女性です。

それは彼女自身のためだけではなく、婚約者であるイシドルを支えるためでもありました。

本来ならば、そこまでの努力を必要としない立場だったにもかかわらず、彼の婚約者だからこそ求められるものを理解し、一つひとつ積み重ねてきたのです。

しかも、彼女は決して冷淡な女性ではありません。

政略によって結ばれた婚約だからこそ、互いの気持ちを言葉や態度で伝える必要があると理解し、イシドルに対しても愛情を惜しまず示してきました。

人前では完璧な淑女として振る舞いながら、二人きりのときには素直に笑い、甘え、時には怒る。

そんな彼女の姿を知っていたはずのイシドルが、それでもなお愛情を疑い、わざわざ婚約解消という重大な言葉を使って彼女の反応を試そうとするのです。

そりゃあ、冷めますよね。

むしろ、ここで泣いて縋らず、婚約解消の申し出を正式な手続きに乗せようとするセラフィマの対応に、彼女がどれほど現実を理解しているのかが表れています。

婚約とは、恋人同士の口約束ではありません。

ましてや、王家と公爵家の当主が定めた婚約です。個人の感情だけで簡単に決められるものではなく、彼女が一存で承諾も拒否もできないのは当然のこと。

それなのにイシドルは、自分が婚約解消を口にしたことの重さも、彼女が置かれている立場も理解していません。

自分の思い描いた反応が返ってこないと、今度は「愛していない」と責め立てる。

……いや、あなたが試しているのは彼女の愛情ではなく、彼女があなたの理不尽をどこまで許容するか、ではありませんか?

ここが本作の実に痛快なところです。

恋愛小説の世界では、好きな相手ほど意地悪をしてしまう少年や、わざと嫉妬させて愛情を確かめようとする男性が、最終的には恋を実らせることがあります。

しかし、それは物語だからこそ成立する展開。

現実にそんなことを繰り返されたら、相手の気持ちは離れていくばかりです。

愛情を伝えても信じてもらえず、何度も試され、そのたびに証明を求められる。そんな関係を一生続けたいと思えるでしょうか。

しかも、二人が将来なるはずだったのは国王夫妻です。

伴侶の愛情さえ信じられず、ことあるごとに試さずにはいられない人物が、臣下の忠誠や周囲の人間の信頼を大切にできるのか。

セラフィマの怒りは、単なる失恋した女性の感情にとどまりません。王妃となる立場から、そして一人の人間として、イシドルの本質を見抜いた結果でもあるのです。

そして、ざまぁの展開も実に鮮やか。

セラフィマは感情的に騒ぎ立てることなく、父公爵に事実を報告します。公爵は王家に婚約解消を申し入れ、国王もまた、孫である第一王子のあまりの幼稚さに呆れることに。

結果、十六年に及ぶ婚約は白紙撤回。

さらに、イシドルは王位継承順位を最下位に落とされます。

自分の愛情を確かめるための、ちょっとした駆け引きのつもりだったのでしょう。

けれど、彼が失ったのは婚約者の愛情だけではありません。将来の王妃となるはずだった有能な女性との縁も、王位を継ぐ資格も、自らの行動によって手放してしまったのです。

これぞ、まさしく自業自得。

セラフィマが復讐のために何かを仕掛けたわけではないのも、個人的には好きなポイントです。彼女はただ、自分の立場を理解して正しい手続きを踏み、信頼できない相手との関係を終わらせただけ。

その結果として王子が失墜するのですから、余計な仕掛けがなくても十分に痛快です。

そして、母娘のお茶会で語られる「恋人は恋情があればどうとでもなります。けれど夫婦は信頼がなければ円満な関係は望めません」という言葉が、物語全体をきれいに締めくくっています。

恋愛感情があれば、多少のすれ違いは乗り越えられるかもしれない。

けれど、相手を信じることができず、相手の愛情を一方的に要求し続ける関係では、いずれ限界が訪れる。

ましてや結婚は、一時の恋心だけで成立するものではありません。

本作は、婚約破棄という定番の題材を通して、愛されることばかりを求める人間と、互いに信頼し合う関係を築こうとする人間の違いを描いています。

そして何より、十六年間も努力してきたセラフィマが、婚約者に見捨てられたかわいそうな令嬢として終わらないのがいい。

彼女は自分の価値を相手の評価に委ねず、失った恋を惜しみながらも、次の人生へと歩き出します。

最後には、新たな婚約者を探すという未来まで用意されているのも嬉しいところ。

今度こそ、彼女の愛情を疑わず、彼女自身の努力や気持ちを尊重し、互いに信頼し合える相手と出会ってほしいものです。

一方、イシドル殿下にはぜひとも、自分が何を失ったのかをじっくり考えていただきたい。

愛情は、試験問題ではありません。

相手を追い詰めて反応を引き出すことと、相手から愛されていることは違います。

そして、何度も愛情を証明させようとすれば、いつか本当に愛情を失う日が来るのです。

「好きだから試す」ではなく、「好きだから信じる」。

そんな当たり前のことを、王子という立場にありながら理解できなかったイシドルの自業自得と、彼に見切りをつけたセラフィマの潔さを、ぜひ味わっていただきたい一作です。

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