常識が通じる人々の痛快さ! 逆ハーレムを企む聖女様、攻略対象に出会う前にゲームオーバーです!
「聖女が現れた!」「王子様とその側近が世話係に!」「これはもしかして逆ハーレムルート!?」
……なんて、乙女ゲームの世界に転生したヒロインなら、胸を躍らせてしまう展開かもしれません。
けれど、ここはゲームの中ではなく、れっきとした人間が暮らす異世界。身分も立場も婚約者も、それぞれに守るべきものがある現実の世界なのです。
本作『常識的に考えて』は、そんな当たり前のことを忘れてしまった自称・乙女ゲームのヒロインと、彼女を取り巻く王族や貴族たちの物語。なろう系の異世界恋愛やざまぁがお好きな方なら、思わず「そうそう、それでいいんだよ!」と頷きたくなる一作です。
物語の始まりは、アッヘンヴァル王国に聖女が現れたこと。
女神教正教会に聖女と認定された平民の少女ラーレは、貴族学院への編入を認められ、さらには王国の第一王子クリストフとその側近たちが世話係に選ばれることになります。
ところが、この話を聞いた第一王女ベティーナは、すぐさま疑問を呈します。
「何故、未婚の少女の世話係を同年代の異性が行うのか」
そう、そこなんですよ!
聖女だろうが何だろうが、彼女は平民の少女。貴族社会には貴族社会の常識があり、男女の付き合いには身分相応の作法や節度が求められます。しかも、相手は王子とその側近たち。全員に婚約者がいるというのに、なぜ彼らが一人の少女を囲むような配置になるのでしょうか。
ゲームならお約束の攻略対象勢ぞろいイベントでも、現実なら婚約者たちの立場も、周囲からの評判も、王族としての責任もあるのです。
この作品の面白さは、まさにここから始まります。
普通の乙女ゲーム転生ものなら、ヒロインが王子や美形の側近たちと出会い、イベントを重ね、婚約者である悪役令嬢たちと対立していく……という展開を想像するところでしょう。
しかし、本作の女性陣は違います。
第一王女ベティーナを筆頭に、王子の婚約者エーディトや側近たちの婚約者は、誰一人としてヒロインの都合に付き合うつもりがありません。彼女たちは自分たちの立場を理解し、社会の仕組みを把握し、何が問題なのかを冷静に見極めていきます。
特にベティーナの存在感が素晴らしい!
弟のクリストフが疑問を抱かずに話を進めようとするなか、彼女は聖女という肩書きに惑わされません。そもそも聖女とは何なのか。教会が認定しただけで、本当に特別な権威があるのか。なぜ貴族学院に編入する必要があるのか。そして何より、なぜ世話係が王子とその側近たちでなければならないのか。
一つずつ疑問を積み上げ、周囲の情報をつなぎ合わせていく姿には、読んでいて頼もしさを感じます。
しかも、彼女は単に弟を叱りつけるだけの姉ではありません。
クリストフの資質に不安を抱きながらも、彼が婚約者エーディトを大切にしていることはきちんと評価している。将来の国王としては心配でも、だからといって見捨てるわけではないのです。弟が成長できるように導き、必要ならば王族としての責任を果たせる環境を整えようとする。
このあたりに、ベティーナの有能さと身内への情の深さが表れています。
そして、彼女を支える女性陣も実に頼もしい。
宰相夫人や軍務卿といった要職に連なる人々から情報が集まり、王妃や王太后とも連携できる。表向きの権力者たちが頼りないなら、その背後で実務を担う女性たちが動けばいい。
将来的に王国を支えることになる女性陣の結束は、ある意味で本作のもう一つの見どころでしょう。
一方、クリストフや側近たちも、最初から完全な無能というわけではありません。ベティーナたちに指摘され、情報を与えられれば、ようやく自分たちの置かれた状況のおかしさに気づいていきます。
この「言われてみれば確かに……」という反応が、妙にリアルで面白いのです。
本人たちに悪意があるわけではない。けれど、聖女という言葉や教会からの依頼を疑いもなく受け入れ、周囲への影響を考えられていない。だからこそ、常識を持つ人々から見れば危うい。
そして、そんな彼らに常識を教えるのが、婚約者たちであり、姉であるベティーナなのです。
さて、肝心の聖女ラーレですが、こちらは見事なまでに乙女ゲーム脳。
前世の記憶が蘇ったことで、自分が乙女ゲームのヒロインなのだと思い込み、王子や側近たちを攻略対象と決めつけてしまいます。しかも、彼女が頼りにしているのは、確かなゲーム知識ですらありません。転生した世界が本当にゲームの舞台なのかも分からないのに、創作物で見たお約束を現実に当てはめているのです。
この思い込みの危うさが、実に痛快。
彼女にとっては攻略対象との出会いを実現するための行動でも、周囲からすれば非常識な要求でしかありません。男性神官を指名し、王子とその側近たちを世話係に望む。その一連の行動が、かえって教会への不信感を強めてしまいます。
本人は恋愛イベントのフラグを立てているつもりなのに、現実では警戒される材料を積み上げている。このすれ違いが、物語を軽快に進めてくれます。
さらに物語は、単なる逆ハーレム阻止にとどまりません。
国王自身が聖女と王子の婚姻を画策しているという情報が明らかになることで、問題の根が一気に深くなります。教会の思惑、王族の婚姻、宗教組織の権威、そして国王の個人的な欲望。聖女をめぐる騒動の背後には、王国の制度そのものを揺るがしかねない問題が潜んでいたのです。
ここで、物語の焦点が恋愛から政治へと広がるのも魅力的なところ。
一人の少女が夢見る逆ハーレムと、一国の王族が担うべき責任。その両者の間には、想像以上に大きな隔たりがあります。
そして、いざ問題が発覚すれば、ベティーナたちは国王の言葉を鵜呑みにすることなく、王太后と王妃という強力な味方を頼ります。国王に直接抗議するだけでは解決しないと見抜き、彼が逆らえない相手に話を通す。この抜け目のなさには、思わずニヤリとしてしまいました。
本作のざまぁは、派手な断罪劇や公開処刑を楽しむタイプというより、非常識な思惑が現実の常識と制度にぶつかり、企んだ本人の望みが一つずつ崩れていくタイプです。
ラーレは王子たちを攻略するどころか、学院への編入も世話係の配置も認められません。国王もまた、思いどおりに事を運べる立場ではなくなります。逆ハーレムどころか、恋愛ゲームのスタート地点にすら立てないという結末は、彼女の思い込みを考えれば実に皮肉が効いています。
その一方で、クリストフは婚約者エーディトとの関係を守り、姉や周囲の支えを受けながら国王への道を歩みます。三年後には無事に即位し、ベティーナも摂政として王国を支えることになる。問題を未然に防いだ者たちが、それぞれの立場で責任を果たしていく結末には、すっきりとした読後感があります。
そして、個人的に印象に残るのはラーレのその後です。
彼女は聖女の座を辞し、下町の定食屋の女将として暮らすことになります。王子の妃にも逆ハーレムの中心人物にもなれなかったけれど、最後には自分の身の丈に合った生活を送り、それなりの幸せを得たらしい。
ここがまた、本作らしいところだと思います。
悪役を徹底的に不幸にして終わるのではなく、身の丈に合った場所で暮らすという落としどころ。大それた夢を追いかけることだけが幸せではない、という結末には、どこか肩の力が抜けるような味わいがあります。
もちろん、恋愛面でも、婚約者たちが互いに大切に思い合っていることが物語の土台になっています。ヒロインが現れたからといって、男性陣が簡単に心変わりするわけではない。婚約者を大切にする気持ちがあり、守るべき約束があり、その関係を維持するために周囲も動く。
だからこそ、逆ハーレムが成立しないことそのものが、これほど気持ちよく感じられるのでしょう。
「聖女だから特別扱いされて当然」「自分はヒロインだから攻略対象は自分を好きになるはず」という思い込みに対して、周囲が返す答えは至ってシンプル。
常識的に考えて、それはおかしいでしょう。
タイトルの言葉が、物語全体を貫く一本の軸になっています。
異世界転生、聖女、乙女ゲーム脳、逆ハーレム、婚約者たちの結束、王族の政争、そしてざまぁ。なろう系でおなじみの要素を盛り込みながら、最後にものを言うのは、肩書きや願望ではなく、現実を見て判断する力です。
派手な恋愛イベントを期待していたヒロインが、攻略対象に出会う前に自滅していく様子を楽しみたい方。婚約者を大切にする男性陣が好きな方。有能な令嬢たちが連携して問題を解決する展開が好きな方。そして、非常識な振る舞いがきちんと現実の結果につながる、すっきりしたざまぁを読みたい方。
そんな読者におすすめしたい一作です。
読み終えたあと、きっとこう思うはず。
乙女ゲームのお約束も、聖女という肩書きも、逆ハーレムの夢も、現実の常識には勝てない。
何事も、常識的に考えて。
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