聖女召喚? ならば雇用契約を結びましょう。常識知らずの王族と神殿に、社会人経験豊富な元アラフィフ聖女が突きつける現実!
異世界召喚、聖女、婚約破棄、愚かな王子、そして因果応報。
なろう系異世界恋愛やざまぁが好きな方なら、思わず反応してしまう要素が盛りだくさんの作品です。
しかし、このお話の面白さは、召喚された聖女がチート能力で魔物を蹴散らしたり、イケメン王子たちを侍らせたりするところにはありません。
なんといっても主人公の広瀬美琴、御年54歳!
……と言っても、異世界召喚の際に17歳の美少女へと若返っているので、見た目だけなら正統派の聖女です。
ですが、中身は人生経験豊富な社会人。しかも、神々の加護を受け、異世界召喚がどれほど理不尽な行為なのかを理解したうえでやって来た女性です。
そんな彼女を、いつもの異世界召喚ものと同じように扱おうとした王子や神殿の皆さん。
ご愁傷さまです。
あなた方が召喚したのは、都合よく言いくるめられて、イケメンに優しくされれば喜んで言うことを聞いてくれる乙女ではありませんでした!
この作品の醍醐味は、まさにここからです。
第一王子エンリケは、自分が次期国王になるため、聖女召喚を利用しようとします。優秀な婚約者アドリアナを疎み、身分の低い男爵令嬢を寵愛し、自分に都合のいい未来を夢見る始末。
しかも、召喚した聖女を正妃に据え、婚約者には執務をさせ、愛人にもいい顔をしたいという欲張りっぷり。
いや、あなた、国を治める立場を目指しているんですよね?
そんな調子で国をどうするつもりなんですか!
当然ながら、美琴は王子の思惑になど付き合いません。
そもそも、自分の意思を確認することもなく異世界へ連れてこられたのです。召喚されたからといって、なぜ見ず知らずの国のために無条件で働かなければならないのでしょうか。
美琴の対応は実に明快です。
まずは状況を説明してもらう。王家と神殿の双方から事情を聞く。責任者との会談を求める。そして、仕事をするなら条件を決める。
そう、雇用契約です!
聖女の役目を明確にし、労働時間を定め、時間外労働には手当をつけ、危険な仕事には危険手当を要求する。報酬だって、当然きちんと決めます。
聖女だから無償で尽くせ?
神に選ばれたのだからありがたく働け?
そんな理屈、美琴には通用しません。
異世界の王族や神殿が当然だと思っていた常識に、現代日本の職業倫理と契約の概念を持ち込む。この発想がとにかく痛快なのです。
しかも、美琴はただ偉そうに要求を突きつけるだけの人ではありません。誠実な人には誠実に接し、必要なことは学び、仕事として引き受けたことには責任を持つ。自分の立場を理解しながら、相手の人格や行動を見て接し方を変えています。
だからこそ、彼女を都合のいい存在として扱おうとする人々との対比が際立つのです。
そして、もう一人、ぜひ注目してほしいのが公爵令嬢アドリアナ。
エンリケの婚約者でありながら、その優秀さゆえに疎まれていた彼女も、ただ王子の身勝手に振り回されるだけの女性ではありません。
実は彼女も現代日本の記憶を持つ転生者。美琴と出会い、互いの事情を理解し、聖女の後見人として力を貸してくれます。
ここがまたいい!
聖女と悪役令嬢が恋敵として争うのではなく、理不尽な男に人生を振り回されないために手を組むのです。
エンリケが望んだのは、自分を引き立て、思いどおりに動いてくれる女性たちだったのでしょう。
ところが、実際に現れたのは、自分の価値観に従う義理などないと理解している女性たち。
婚約者には婚約者の人生がある。聖女には聖女の意思がある。女性だから、立場が低いから、召喚されたからといって、誰かの所有物になるわけではない。
このあたりの割り切り方は、読んでいて本当に気持ちがいいです。
ただし、この作品は単純に悪役を懲らしめて終わるだけのお話でもありません。
美琴は聖女としての仕事を始めると、孤児院や施療院への慰問、炊き出し、治療院での仕事などにも取り組みます。もちろん、契約を確認し、必要な報酬を決めたうえで。
彼女は人助けそのものが嫌いなわけではないのです。
むしろ、きちんと相手を理解し、自分にできることを考え、必要な助けを届けようとする人です。
だからこそ、彼女の善意を当然のものとして受け取り、もっと働け、もっと優しくしろ、聖女なのだから無償で癒せと要求する人々の姿には、考えさせられます。
善意で始めたことが、いつの間にか義務と見なされる。
感謝されていると思っていた相手から、都合のいい存在として扱われていたことを知る。
そして、どれほど誠実に働いても、相手がこちらの事情を理解しようとしなければ、関係は成り立たない。
美琴が疲れ果て、「もう聖女辞めたい」とこぼす場面は、ただのざまぁ展開とは違う重みがあります。
理不尽な召喚に怒ることと、異世界の人々を助けようとすること。その二つは矛盾しません。しかし、助ける側にも限界があるのです。
ここには、現代社会を生きてきた大人だからこそ感じるものがあるのではないでしょうか。
そして、とうとう美琴が王都から姿を消したとき、事態は大きく動き始めます。
彼女が担っていた仕事が滞り、瘴気の発生も増大し、王国と神殿は対応に追われることに。さらに、神々からの神託まで下されます。
異世界召喚を都合のいい奇跡だと思い込んでいた人々が、その代償と責任を突きつけられる展開。
これぞ因果応報!
ただ、個人的には、この作品のいちばんのご褒美は、王族や神殿が困り果てる場面だけではないと思います。
美琴が最終的に手に入れるもの。それは、誰かに都合よく利用される聖女という立場ではなく、自分の意思で暮らし、自分を大切にしてくれる人たちと過ごす穏やかな人生です。
彼女は異世界での人生を投げ出すのではなく、そこで出会った人々との縁を育み、家族を持ち、年を重ねていきます。
かつての社会人経験も、人生の酸いも甘いも知った大人としての判断力も、決して無駄ではありませんでした。
若返ったからといって、中身まで十代に戻る必要はない。
経験を積んだからこそ見抜けることがあり、譲れないものがあり、築ける人間関係がある。
そんな主人公の生き方が、最後にはじんわりと心に残ります。
恋愛要素も見逃せません。美琴を支え続けるアルフォンソとの関係は、顔のいい王子に見初められて人生が一変するようなものではありません。誠実に仕事をする姿を知り、信頼を重ねていく。その先に、夫婦としての穏やかな暮らしが待っています。
派手な溺愛や劇的な恋愛も楽しいけれど、こういう人生の延長線上にある幸せもいいものですね。
理不尽な召喚には、理不尽に耐えるのではなく、きちんと条件を提示する。善意を搾取する相手からは、きちんと離れる。そして、自分を尊重してくれる人たちと生きていく。
この作品には、そんな大人の強さがあります。
異世界恋愛の定番が好きな方にも、婚約破棄や愚かな王子へのざまぁが好きな方にも、そして、頑張る人が報われるヒューマンドラマが好きな方にもおすすめしたい一作です。
読み終えたとき、きっと思うはず。
聖女召喚をするなら、まずは雇用契約書を用意しましょう。
そして、相手の意思を尊重しましょう。
それができない王族と神殿には、美琴さんのような聖女が必要なのかもしれません。
……いや、やっぱり必要ないですね。
そもそも、召喚するな! 人の人生を勝手に持っていくな!
そう叫びたくなる、現実的で痛快で、最後には優しい気持ちになれる異世界召喚譚でした。
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