婚約破棄、冤罪による断罪、身の程を知らない恋人、そして最後には華麗なるざまぁ――。なろう系異世界恋愛がお好きな方なら、思わず反応してしまう要素がぎゅっと詰まった作品です。
けれど、この物語の本当の面白さは、よくある婚約破棄劇が始まったと思ったら、いつの間にか国そのものを巻き込む大事件に発展しているところにあります。
しかも、ただ悪役を断罪して終わりではありません。
「それが褒美になるとでも?」
このタイトルに込められたアンネリーンの怒りと誇りこそが、物語の核心です。
物語の始まりは、王立学院の卒院謝恩会。王太子フェリクスが、公爵令嬢である婚約者アンネリーンに婚約破棄を突きつけ、恋人ドリカと結婚すると宣言します。
はいはい、またそのパターンですね……と思いきや、ここからが本番。
ドリカが並べ立てる嫌がらせの数々は、貴族社会の常識を知らない彼女の勘違いばかり。挨拶をしてもらえなかった、お茶会に招待されなかった、身分を弁えるよう注意された。本人にとっては悲劇でも、周囲の貴族たちから見れば、そもそも何が問題なのかという話なのです。
このあたり、身分制度や社交界のルールを理解している人たちと、恋愛小説の知識だけで貴族社会を渡ろうとするドリカとの温度差が実に痛快!
そして、そんな彼女を盲目的に庇うフェリクスも、アンネリーンを追い詰めるどころか、自分の愚かさを大勢の前で披露していきます。
ところが、アンネリーンは泣き寝入りする令嬢ではありません。
王太子妃準備金の不正使用を指摘し、国庫横領という重大な罪を暴く。恋人への贈り物に使ったお金が、まさか国家反逆に等しい罪へとつながるとは!
個人の恋愛問題だったはずが、王家の不祥事へと一気にスケールアップする展開には、思わず「そう来たか!」と声が出そうになります。
さらに、追い打ちをかけるのが第二王子イフナースです。
兄が罪を犯したのだから、その婚約者だったアンネリーンを自分の婚約者に迎えればよい。王妃教育を受けた彼女を有効活用できるし、功績への褒美にもなるだろう――。
……いや、ちょっと待ってください。
冤罪で名誉を傷つけられた被害者に、加害者の家族との婚姻を押しつけて、それを褒美と呼ぶのですか?
ここでアンネリーンが放つ言葉が、本当に素晴らしい。
被害者の気持ちも、本人の意思も、公爵家の誇りも無視して、都合のよい駒として扱おうとする相手に対し、毅然として拒絶を突きつける。その姿には、単に王子たちをやり込めるだけではない、ひとりの人間としての尊厳があります。
婚約破棄ものの醍醐味は、主人公が理不尽な扱いを受けた分だけ、最後に自分の価値を証明するところにあると思います。
本作のアンネリーンは、まさにその魅力を存分に味わわせてくれるヒロインです。
しかも、ここから物語はさらに大きく動きます。
実は、あの断罪劇は単なる茶番ではありませんでした。
長年にわたって国政を軽んじてきた王家。その裏では、王家を支えてきた公爵家や、次代を担う人々が、すでに国の未来を見据えて動いていたのです。今回の騒動は、王太子ひとりの失脚にとどまらず、ついには王朝交代へとつながっていきます。
まさかの無血革命!
婚約破棄から始まったはずなのに、気がつけば国家規模のざまぁになっている。この展開の大きさが、本作ならではの魅力です。
ただし、この物語を単純な勧善懲悪として読むと、もうひとつの顔を見落としてしまいます。
それが、フェリクスという王太子の存在です。
彼は決して、何も考えられないだけの愚かな王子ではありません。王族としての能力も責任感も持ち合わせている。それでも、王として生きることと、自分自身の幸せを求めることの間で苦しみ、恋に逃げようとしてしまうのです。
彼がドリカに惹かれた理由も、単に美しいから、優しいからというだけではありません。王太子としての重責を背負う自分とは違う世界を見せてくれる相手だったからこそ、抗いがたい魅力を感じてしまった。
一方のアンネリーンは、そんなフェリクスを長年支え、ともに国の未来を考えてきた婚約者です。彼女にとって彼は、単なる結婚相手ではありません。信頼し、敬意を抱き、いつか夫婦として互いを大切にできると願っていた相手でもありました。
だからこそ、フェリクスの選択は、彼女にとって簡単に割り切れるものではないのです。
アンネリーンは有能です。冷静です。誇り高く、国の未来まで見通している。それでも、恋する相手に選ばれなかった痛みは消えません。
この作品で印象に残るのは、彼女が決して感情のない完璧な人形ではないことです。公爵令嬢としての責任を果たしながら、ひとりの女性として傷つき、それでも自分の足で立ち続ける。その姿があるからこそ、彼女の決断には重みがあります。
そして、フェリクスもまた、自分の選択の代償から逃げ続けるわけではありません。
恋のために王位を捨て、王家の終焉を招く計画に身を投じた彼は、やがて王太子ではない自分として生きることになります。立場も名前も変わり、かつての婚約者とは違う道を歩むことになった彼が、最後に何を望むのか。
ここから先は、単純に「浮気した王子が捨てられて終わり」という話ではありません。
一度失った信頼をどう考えるのか。過去の過ちを抱えたままでも、人は新しい人生を選べるのか。そして、かつて互いを理解し、国の未来を語り合ったふたりが、もう一度向き合うことはできるのか。
このあたりの余韻が、なかなかに味わい深いのです。
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