「真実の愛」のお値段、まさかの王家への賠償金! 責任を放り投げた王太子に待っていた痛快すぎる結末
婚約破棄、真実の愛、身分差の恋、そしてざまぁ。
このあたりのキーワードが好きな方には、ぜひ読んでいただきたい一作です!
ただし、このお話の面白さは、婚約者を捨てた王太子が地位を失って終わり、というよくある展開にとどまらないところにあります。
なんといっても注目したいのは、タイトルにもある「王家の賠償金請求」。恋に浮かれて王太子という立場を捨てようとした男に対し、最後に突きつけられるのは、まさかの人生丸ごとの精算です。
いや、そう来たか! と膝を打ちたくなる、責任と義務を真正面から問うざまぁでした。
物語の始まりは、王太子イザイアから婚約解消を告げられる公爵令嬢エルシーリア。
相手は男爵家の庶子ジルダ。いわゆる身分差の恋であり、イザイアは彼女こそが真実の愛の相手だと宣言します。
しかも、ただ婚約者を捨てるだけではありません。自分に非があることを認め、王太子位を返上し、王籍からも抜け、平民になってでも彼女と一緒になるというのです。
おお、そこまで覚悟を決めたのなら……と思いきや、ここでエルシーリアが抱くのは失恋の悲しみではありません。
そもそも彼女にとってイザイアは、恋い焦がれる男性というより、手のかかる出来の悪い弟のような存在。五歳で婚約してから十三年、次期王妃として教育を受け、自由な少女時代を犠牲にしてきた彼女にとって、婚約解消は確かに大きな出来事です。しかし、それ以上に引っかかるものがある。
その正体に気づかせてくれるのが、エルシーリアの侍女ミリアです。
お嬢様を大切に思うミリアの怒りっぷりが、もう頼もしいのなんの!
将来の王妃となるべく努力を重ねてきたエルシーリア。その一方で、イザイアは面倒な仕事を彼女に押しつけ、浮気相手との後始末まで任せていた。そんな男が婚約者を捨てるだけでなく、王太子として与えられてきたものを全部置いて平民になれば、あとは好きな女と悠々自適に暮らせると思っている。
そこで突きつけられるのが、「その贅沢な暮らしを支えてきたお金は、いったい誰のものなのか?」という視点です。
王族の豪華な生活も、最高級の衣服も、優秀な教師による教育も、将来国と民のために働くことを期待されていたからこそ与えられたもの。王太子として育てられたのなら、王太子としての責任も果たさなければならない。
この当たり前の理屈が、実に気持ちいい!
単に「婚約者を傷つけたから罰を受けなさい」という話ではなく、これまで享受してきた権利と、果たすべき義務をセットで考えているのが面白いのです。
そして、エルシーリアの父である公爵と兄セノフォンテが動き出します。
ここからの展開がまた素晴らしい。
特に兄セノフォンテの有能さには、思わずニヤリとしてしまいます。妹を蔑ろにした王太子に対して、感情的に怒鳴り散らすのではなく、財務部で必要な資料を集め、王家が請求できる賠償金を算出する。しかも、王太子が生まれてから現在までにかかった費用を、細かく調べ上げていくのです。
そう、今回のざまぁは、怒りの鉄拳ではなく、きっちり計算された請求書でやってくる!
この発想がたまりません。
さらに、イザイアの側近までが実はアディノルフィ公爵家と深いつながりを持っており、主家の令嬢を守るために動いていたと判明します。本人は自分に都合のいい助言をもらったつもりなのに、実際には自分の望む未来へ進んでいるつもりで、どんどん逃げ道を失っていく。
自業自得とはまさにこのこと。
そして迎える王家からの処分。
王太子位と王籍を剥奪され、望みどおり平民になること自体は、イザイアにとって本来なら歓迎すべき結果だったはずです。ところが、そこに突きつけられるのは、エルシーリアへの慰謝料だけではありません。
王太子として育てられた人生そのものに対する、王家からの損害賠償です。
ここでようやく、イザイアは自分が何を捨てようとしていたのかを思い知らされます。
しかも、これまでの生活で使われた費用を請求される一方、平民には必要のない高級な衣服や宝飾品などは持ち出せない。慰謝料を払うために売ればいいと思っていた品々まで、あてにできなくなっているのです。
あれだけ余裕たっぷりに「真実の愛」を語っていたのに、いざ自分の身に現実が降りかかると、途端に手のひらを返す。
王族としての義務を果たすくらいなら、愛する女性と平民として暮らしたい。そう言っていたはずなのに、いざ過酷な生活が待っていると知ると、今度は王族に戻ってエルシーリアと結婚すると言い出すのです。
……いやいや、遅い、遅すぎる!
この一連の展開で、イザイアの「真実の愛」がどれほど自分に都合のいいものだったのかが、これ以上ないほど明らかになります。
ジルダもまた、イザイアと同じく、自由で贅沢な暮らしを望んでいた人物。二人とも、恋のために何かを犠牲にする覚悟があったのではなく、今までの快適な生活を維持したまま、面倒なものだけを捨てたかったのでしょう。
だからこそ、二人がそれぞれ過酷な場所へ送られ、その後の人生を自分の選択の結果として生きていく結末には、強烈な因果応報を感じます。
一方で、エルシーリアの未来がまた素敵なのです。
彼女は婚約解消によって失った時間を嘆き続けるのではなく、これまでの制約から解放された自分の人生を歩み始めます。隣国への留学、学問、友人との交流、そして新たな恋。やがて他国の公爵家嫡男と結ばれ、幸せな生涯を送ることになります。
しかも、彼女が身につけた王妃教育は無駄にはなりません。新たな婚家と実家の交流を深め、領地の発展や二国間の国交にも貢献することになるのです。
ここが個人的にとても好きなところです。
イザイアは、王太子として与えられたものを無駄にしてしまった。対してエルシーリアは、王太子妃になるという当初の未来こそ失ったものの、学んだことを別の場所で活かし、より広い世界で幸せを築いていく。
同じように婚約解消という転機を迎えながら、片方は自分の責任から逃げ続け、もう片方は自分の人生を切り開いていく。この対比が、物語の後味をいっそう爽快なものにしています。
恋愛ものとして見れば、エルシーリアが元婚約者に未練を残さず、自分を大切にしてくれる新しい相手と出会えることが嬉しい。ヒューマンドラマとして見れば、立場に伴う責任や、これまで受け取ってきたものへの向き合い方が印象に残る。そして、ざまぁものとして見れば、最後まで自分の都合しか考えなかった二人に、きっちり相応の結末が待っているのが最高です。
「真実の愛」を掲げるのは自由。でも、その選択の責任まで誰かに押しつけてはいけない。
そんな当たり前のことを、王太子の人生にかかった費用という、あまりにも具体的な形で突きつけてくる本作。
婚約破棄ものが好きな方、ヒロインを蔑ろにした相手が後悔する展開が好きな方、そして口先だけの覚悟を語る人物が現実に打ちのめされるざまぁが好きな方には、ぜひおすすめしたい作品です。
読み終わったあと、きっと思うはず。
恋に生きるのは結構。でも、請求書からは逃げられませんよ、と。
愛を貫く覚悟があるのなら、まずはそのお値段を最後までお支払いくださいませ!
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