旧王家の血筋? いいえ、それは国を滅ぼした敵の血です!
「旧王家の末裔」「尊い血筋」「真実の愛」。なろう系異世界恋愛では、これらの言葉が出てくると、何やら大逆転劇の予感がするものです。
没落した王家の血を引くヒロインが実は高貴な存在で、見る目のない婚約者や周囲の人々を見返す……なんて展開を想像する方もいるでしょう。
しかし、本作はそんなお約束を真正面からひっくり返してきます。
旧王家の末裔? それがどうした。そもそも、その王家はどうして滅んだんですか?
この一言に、本作の面白さがぎゅっと詰まっています。
物語の舞台となるのは、建国から百年余りが経過したベーヴェルシュタム王国。かつての王家は、重税を課し、無謀な戦争を繰り返し、国民を犠牲にして贅沢三昧を続けた挙げ句、若き将軍イングヴェによって滅ぼされました。
新王朝は、そんな前王家への反省から公私の区別と質素倹約を重んじ、国の安定を第一に考える体制を築いています。
ところが、時が経てば建国の理念も薄れていくもの。五代目の時代には、己の立場を理解せず、身分ばかりを気にする者が現れます。
その代表格が、第一王子バルブロです。
この王子、なかなかの問題児です。
歴代の国王が周辺国の王女を娶ってきたことを理由に、国内の公爵令嬢である婚約者シェスティンに不満を抱いています。国策として国内貴族との結びつきを強める必要があることも、婚約者が自分より優秀であることも、どうにも気に入らない。
そんな彼が出会ったのが、男爵令嬢アネッテ。
地元では領主の娘としてお姫様扱いされ、王都の貴族社会を知らずに育った彼女は、自分を特別な存在だと思い込んでいます。さらに、学院で自領の歴史を学んだことで、とんでもない勘違いをしてしまうのです。
そう、彼女こそが滅びたオーバリ王家の末裔なのだ、と。
そして、その主張をバルブロは大喜びで受け入れます。
いや、ちょっと待ってください。
あなた、自分が国王になる立場だという自覚はありますか?
ここからが本作の醍醐味です。
一般的な婚約破棄ものなら、身分の低い令嬢が実は高貴な血筋だったと判明すれば、周囲の見る目が一変する展開もあり得るでしょう。ところが本作では、そもそも旧王家の血筋であることが何の免罪符にもなりません。
なぜなら、旧王家は現在の王家にとって、そして建国の歴史にとって、倒されるべくして倒された存在だからです。
血筋を誇る以前に、その血筋が何をしてきたのかを考えなさい。
過去の栄光を持ち出したところで、過去の悪行まで消えるわけではありません。
むしろ、現王家の正統性を否定することにつながってしまうのです。
この歴史的な背景がしっかり描かれているため、バルブロとアネッテの勘違いが単なる恋愛脳の暴走にとどまらず、国家の根幹を揺るがしかねない問題として成立しているのが面白いところです。
そして、そんな二人を相手にすることになるのが、婚約者のシェスティンと側近のクリストフェル、ラーシュの三人。
この三人が実に頼もしい!
シェスティンは公爵令嬢としての立場を理解し、王家の事情も婚姻政策の意味も把握しています。クリストフェルとラーシュも、それぞれの立場からバルブロを支えてきました。
彼らは単に優秀なだけではありません。バルブロが凡庸で努力を嫌う人物だと知りながらも、同年代の仲間として、何とか彼を導こうと試行錯誤してきたのです。
それなのに当の本人は、努力するどころか、自分を褒めてくれる相手に逃げ込んでしまう。
優秀な婚約者や側近に囲まれていることを幸運だと思えず、むしろ劣等感と不満を募らせる。自分を支えてくれる人々の苦労を理解しないまま、耳に心地よい言葉を囁く少女に夢中になる。
このあたりは、身近な人々の善意や忠告を軽んじ、自分を肯定してくれる相手だけを信じた結果、取り返しのつかない事態を招く人間の姿としても読めます。
そして、いざ三人がバルブロの真意を確かめに行く場面。
ここはぜひ読んでいただきたいところです。
バルブロが自信満々に「旧王家の末裔だから身分は上だ」と言い放った瞬間、読者としては、もう何と言えばいいのやら。
その理屈が通用すると思っていること自体が、王族としての自覚も歴史認識も欠けている証拠なのです。
しかも、クリストフェルが旧王家の末路と血筋にまつわる誤解を説明し、ラーシュがさらに現実的な問題を突きつける流れが鮮やかです。
尊い血筋どころか、そもそも本当にその血筋なのか。
仮にそうだったとして、現在の王家とどのような関係になるのか。
そして、王位を追われた旧王家の末裔を自称する者が、政治的にどのような意味を持つのか。
恋に浮かれた二人がまるで考えていなかった問題を、三人は一つずつ突きつけていきます。
この場面の痛快さは、誰かが大声で相手を罵倒することだけにあるのではありません。相手が振りかざしたはずの切り札が、歴史と現実を前にして、まったく切り札になっていない。その構図が何とも見事なのです。
また、本作は婚約破棄や恋愛沙汰だけではなく、王家の後継者問題として決着をつけるところも印象的です。
バルブロの問題は、婚約者を裏切ったことだけではありません。国の成り立ちを理解せず、自分の役目を果たそうとせず、周囲の支えを当然のものとして扱ってきたことにあります。
だからこそ、最終的に彼が王位継承の道から外される展開にも納得感があります。
シェスティンは婚約者の尻拭いをする役目から解放され、新たな縁へと進みます。側近たちも、それぞれが本来歩むべき道へ。そして、国を混乱させようとした男爵家にも相応の処分が下されます。
誰か一人の恋愛感情を満たすために国家の仕組みを曲げるのではなく、国家の仕組みを守るために、問題のある人物をその立場から外す。
この割り切りのよさが、実に気持ちいいのです。
もちろん、なろう系ざまぁとして読むなら、バルブロの転落とアネッテの勘違いが明らかになる過程が大きな見どころです。しかし、それ以上に本作を支えているのは、建国の経緯から王家の婚姻政策、貴族の財政事情、王位継承の考え方まで、物語の背景がきちんと組み立てられていることだと思います。
だから、登場人物たちの判断にも、それぞれの立場に応じた理由があります。
単に主人公側が優秀だから勝つのではなく、なぜその判断が必要なのか、なぜバルブロの主張が通用しないのかが、歴史と制度の積み重ねによって示されているのです。
そして何より、タイトルの回収が鮮やか。
旧王家の血筋を尊いものとして持ち上げるのではなく、現在の王家にとっては倒すべき敵だったという歴史を思い出させる。血筋という言葉の響きに酔っていた二人に、血筋だけではどうにもならない現実を突きつける。
まさに、看板に偽りなしの物語です。
婚約者を裏切った王子が転落する話が読みたい方。自分を特別な存在だと思い込んだ令嬢が、現実を知らずに暴走する話が好きな方。そして、恋愛脳で突っ走る人々を、歴史と制度を理解した常識人たちが冷静に処理していく展開が好きな方。
そんな読者には、ぜひおすすめしたい一作です。
尊い血筋? いいえ、それは敵の血です。
この言葉の意味が明らかになったとき、勘違いから始まった恋物語は、王家の歴史と国家の未来をめぐるお話へと姿を変えます。
恋に浮かれるのも結構。でも、王族なら自分の国の歴史くらい勉強しておきましょうね。
そう言いたくなる、痛快な婚約破棄未遂・ざまぁ未満にして、王家の後継者問題を描いた異世界ヒューマンドラマでした。
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