婚約破棄? 王子の求婚? いいえ、私たちはこの国を見限ります!
婚約破棄から始まる異世界恋愛もの、と聞けば、皆様はどんな展開を想像するでしょうか。
冤罪を着せられた公爵令嬢が華麗に反論し、愚かな王子の非道を暴き、真実の愛を掲げた浮気相手ともども断罪される。あるいは、婚約破棄された令嬢に颯爽と救いの手を差し伸べる別の王子が現れ、新たな恋が始まる……。
そんなお約束を期待して読み始めると、いい意味で肩透かしを食らうのが本作です。
なぜなら、主人公エルミニアが選んだ道は、復讐でも新たな恋でもなく、「こんな国、もう知りません。家族みんなで出ていきます」という、実に潔い決断だったのですから!
物語の幕開けは、王立貴族学院の卒業パーティー。第一王子マルコが浮気相手の男爵令嬢ルドヴィカを伴い、婚約者であるエルミニアに婚約破棄を突きつけます。
理由は、よくある「身分を笠に着て、愛する女性をいじめた」というもの。もちろん証拠はなく、あるのは自称被害者の言葉だけ。王子本人は自分の言動がどれほど恥ずかしいものかも理解していない様子です。
はい、出ました。おなじみの婚約破棄劇場です。
しかし、ここで注目したいのはエルミニアの反応。
彼女は激昂することも、涙ながらに無実を訴えることもありません。王子の暴言を静かに受け止め、淡々とその場を去ろうとします。
なぜなら、彼女にとってこれは突然降って湧いた災難ではなく、ある程度予測していた事態だから。
父や兄弟姉妹と協力し、王子の浮気や冤罪の証拠を集め、すでに出国の準備まで整えていたのです。
つまり、王子が婚約破棄を宣言した時点で、エルミニアたちの計画は最終段階。相手が勝ち誇っている間に、こちらはとっくに次の人生へ向けて動き始めているわけです。
この温度差がたまりません!
さらに、この茶番劇には第二王子ルクレツィオまで参戦します。
兄が婚約者を捨てた直後、傷ついた令嬢を救う騎士のごとく跪き、真っ赤な薔薇を差し出して求婚するのです。
普通の恋愛小説なら、ここから新たな恋の予感……となるところでしょう。
ところが、エルミニアの目には、彼の行動もまた王位継承争いのための打算としか映りません。
兄の愚行を止めることも、彼女を庇うこともせず、すべてが終わってから都合よく求婚してくる。その姿に彼女が感じたのは、ときめきではなく嫌悪感でした。
そして返答は、きっぱりとした拒絶。
「お断りいたします、第二王子殿下」
この潔さが実に気持ちいい!
兄が駄目なら弟へ、という安易な鞍替えなどいたしません。そもそも、王子という肩書きがあれば誰でも喜んで結婚すると思ったら大間違いなのです。
本作の面白さは、こうした王族たちの振る舞いを、主人公がいちいち相手にしてやらないところにもあります。
マルコは自分の言葉でエルミニアを追い出したつもりでしょう。しかし、彼女はすでに王家を見限っている。ルクレツィオは求婚によって公爵家を味方につけようとしたのでしょうが、肝心の相手にその思惑を見透かされている。
二人とも、自分たちの都合で物事が動くと思い込んでいるのです。
一方、エルミニアたちデアンジェリス公爵家は、そんな王族に振り回される人生から抜け出すため、着々と準備を進めていました。
父は職を辞し、爵位と領地の譲渡も手配済み。母と父の異空間収納には必要な荷物が収められ、兄は隣国に転移陣を用意。家族それぞれが冒険者として活動できる実力も持っています。
そして、いよいよ一家そろって出国!
ここで個人的に魅力を感じたのは、エルミニア一人の独立ではなく、家族全員で新しい人生を選び取っている点です。
家族の誰かが足を引っ張ることもなく、誰かが古い身分や権力に執着することもない。必要なものを整え、互いに協力し、迷惑な環境からさっさと離れていく。
これぞ、行動力のある一家です。
しかも、彼らが向かった先は、王族も貴族も存在しない開拓期の新大陸。
かつての公爵令嬢は、そこでは一人の開拓民にすぎません。貴族としての格式や王家との関係に縛られることなく、自由気ままな暮らしを楽しんでいきます。
そして、物語の最後に明かされる祖国の顛末も、なかなか味わい深いものがあります。
エルミニア一家が去った後、かつての王国では政変が起こり、王族が皆処刑されたらしいという噂が届きます。
王家の愚行を支え、国を何とか保たせていた高位貴族の一角がいなくなれば、これまで隠れていた問題が表面化しても不思議ではありません。
しかし、ここで主人公が帰国して旧王家を断罪するわけではないのです。
彼女にとって大切なのは、かつての国がどうなったかではなく、今の家族が平穏に暮らせていること。領地を引き継いだ親族も問題なく領民を治めていると知れば、それで十分なのです。
この距離感が、本作のタイトルに込められたものをより鮮明にしているように感じました。
王子たちにとっては、自分たちの恋愛や王位継承こそが世界の中心だったのでしょう。しかし、エルミニアにとっては違います。彼女には家族がいて、培ってきた能力があり、国の外にも生きていける場所がある。
王子の婚約破棄ひとつで人生が終わるわけではありません。ましてや、愚かな王族のために自分の人生を犠牲にする必要などないのです。
本作は、派手な断罪劇や劇的な恋愛成就を前面に押し出す物語ではありません。むしろ、婚約破棄をきっかけに、主人公一家が自分たちの人生を取り戻していくお話です。
ざまぁという観点から見れば、王族の末路そのものよりも、彼らに依存せず生きていける一家の姿にこそ、痛快さがあると言えるでしょう。
相手を打ち負かすことに執着せず、相手のいる場所から離れてしまう。自分たちを軽んじる者たちに、これ以上の時間も労力も費やさない。
そんな選択もまた、立派な因果応報の物語なのだと思います。
婚約破棄、王子の浮気、後釜狙いの弟王子、そして一家そろっての出国。
おなじみの要素を入り口にしながら、最後まで恋愛の鞍替えには向かわず、自分たちの居場所を自分たちで選ぶ主人公たち。
愚かな王族のために怒り続けるより、彼らのいない場所で幸せに暮らす。
そんな潔さと、しがらみから解放された自由を味わいたい方におすすめの一作です。
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