攻略本に書かれたバッドエンドなんて、二人で覆してしまえばいい。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、婚約者の王子に殺される未来が待っていた。
……なんて、なろう系異世界恋愛ではおなじみの導入ですよね。
しかし、本作はそこからが面白い。
主人公アウレーリアが前世で携わっていたのは、乙女ゲーム『略奪愛なんて言わないで。真実の愛よ~肉食女子の学園ラブロマンス~』の攻略本制作。しかも、ただのプレイヤーではありません。テストプレイヤー兼攻略本作成者という、ゲームの内部データまで知り尽くした人間なのです。
攻略対象の好感度、イベント発生条件、ルート分岐、未使用シナリオ、そして開発チームだけが知る裏設定。
そのすべてを知っている彼女が転生した先は、五人いる攻略対象の婚約者の一人。ゲームでは悪役令嬢として断罪され、修道院へ送られる途中で事故死する運命にある人物でした。
しかも、表向きのシナリオでは穏便な処分とされていた修道院送りの裏に、ヒロインを安心させるために婚約者たちを事故死させるという、とんでもない設定まで存在していたのです。
いや、ちょっと待って!?
婚約破棄だけでも十分に胃が痛いのに、その先に死亡フラグまで完備されているなんて、悪役令嬢の人生ハードモードすぎませんか!?
普通なら、ここで主人公が攻略対象を避け、ヒロインを遠ざけ、死亡ルートを回避するために奔走する展開になるでしょう。
もちろん、本作にもその緊張感はあります。
けれど、本作がひと味違うのは、主人公が最初に選んだ行動です。
彼女は、婚約者であるティツィアーノ殿下に、自分の知る恐ろしい未来を打ち明けるのです。
そして、この殿下が本当に素晴らしい。
アウレーリアの話を頭ごなしに否定せず、かといって何もかも鵜呑みにすることもない。彼女が精神的に異常を来している可能性や、魔法・呪いによる干渉の可能性まで考慮し、医師や複数の魔術師、さらには賢者による鑑定を手配します。
この慎重さ、この誠実さ、この話の通じる感じ。
そう! こういう王子様が読みたかった!!
主人公の不安を「考えすぎだよ」と片付けない。自分を信じろと一方的に迫るのでもない。まずは事実を確かめ、一緒に考えようとしてくれる。
アウレーリアが殿下を信頼している理由が、容姿や身分ではなく、相手の意思を尊重する姿勢にあることも、とても好感が持てます。
そして、二人の関係はここからが本番。
アウレーリアは、前世の知識をもとに物質化魔法で『超完全攻略本』を作り出します。タイトルからして頼もしすぎる一冊ですが、収録されているのはゲームの攻略情報だけではありません。開発資料に記された裏設定も、現実の人物関係も、すべて詰め込まれています。
未来を変えるための武器が、剣でも魔法でもなく、攻略本。
しかも、その攻略本を使って婚約者と一緒に検証を始めるのです。
ここから描かれるのは、ゲームのイベントと現実の出来事を一つずつ照らし合わせていく物語。
中庭での遭遇。図書室での会話。ヒロインが攻略対象の意外な一面を知るイベント。
ゲームならば、何気ない親切や偶然の出会いが、恋愛フラグを立てる重要な出来事になります。しかし、現実のティツィアーノ殿下は違います。
困っている令嬢には親切にする。質問には誠実に答える。礼儀を知らない相手には必要なことを教える。
けれど、それはあくまでも一人の人間としての対応であって、恋愛感情とは別のもの。
この描写が実にいいのです。
なろう系の乙女ゲーム転生ものでは、ヒロインが少し笑いかけただけで攻略対象が夢中になったり、ほんの小さな親切が運命の恋へと発展したりする展開も珍しくありません。
けれど、本作はそこに一歩踏み込みます。
親切にすることと、特別な相手になることは違う。
好意を抱くことと、その相手と結ばれることも違う。
そして、物語の中では運命的な出来事とされていても、現実の当事者が同じ意味を見いだすとは限らない。
このテーマが、説教臭くならず、殿下とアウレーリアの会話や検証を通して自然に描かれているのが魅力です。
何より、二人が単に恋人として寄り添うだけでなく、同じ問題に向き合う対等な協力者になっていく過程が素敵なのです。
アウレーリアは未来の情報を持っています。しかし、だからといって何でもわかるわけではありません。攻略本に書かれたことが現実でも起きるのか、ゲームの筋書きに世界を動かす力があるのか、それとも似た出来事が偶然起きているだけなのか。
彼女自身にも、答えはわからない。
だからこそ、殿下と一緒に確かめていく。
この二人三脚の姿勢が、物語全体に温かな安心感を与えてくれます。
そして迎える、リリアーヌ嬢の告白。
ここは、本作の大きな見どころです。
リリアーヌは、いわゆる悪意に満ちた略奪系ヒロインとして描かれているわけではありません。明るく、率直で、自分の気持ちに素直な少女です。殿下に惹かれること自体も、決して罪ではない。
しかし、殿下には婚約者がいる。
彼はリリアーヌの気持ちを嘲笑することも、彼女を悪者に仕立て上げることもありません。その一方で、優しさを理由に曖昧な期待を持たせることもしない。
「私は、アウレーリアを大切に思っている」
この一貫した姿勢が、本当に気持ちいい。
婚約者がいるのにヒロインに流される王子も、婚約者を一方的に悪役扱いする王子も、ここにはいません。自分の立場と責任を理解し、自分の意志で選択する王子がいるのです。
そして、その選択によって、ゲームの筋書きには存在しなかった未来が生まれます。
派手な断罪劇や、相手を徹底的に打ちのめすざまぁ展開を期待する方には、少し違った読後感かもしれません。
けれど、本作には別の意味での痛快さがあります。
それは、誰かを悪者にして勝利するのではなく、誰かの作った筋書きに自分たちの人生を明け渡さないという痛快さ。
攻略本に記された未来を知っているからこそ、アウレーリアは恐怖に囚われます。けれど、殿下と共に現実を検証するうちに、彼女は少しずつ気づいていきます。
自分が知っているのは、あくまでゲームの物語なのだと。
そこに記された結末が、必ずしも自分たちの未来になるとは限らないのだと。
そして、何より大切なのは、攻略本の情報そのものよりも、現実に生きる人々の意思なのだと。
物語の最後にたどり着く結論は、とてもシンプルで、だからこそ心に響きます。
未来を知っていることは、未来を決められることではない。
危険を知れば備えることができる。予測が外れたなら、記録を修正すればいい。そして、一人で抱え込まず、信頼できる相手と一緒に考えればいい。
『超完全攻略本』には、悲劇の結末が残されたままです。
それでも、二人はもう、その記述だけを見て怯えたりはしません。
攻略本を捨てるのではなく、未来を考えるための資料として活用する。そのうえで、自分たちの未来は自分たちで選び取っていく。
この着地が、本当に美しい。
異世界恋愛として読めば、誠実な王子と聡明な令嬢の信頼関係に胸が温かくなる作品。
ヒューマンドラマとして読めば、先入観と現実を切り分け、自分の意思で選択することの大切さを描いた作品。
乙女ゲーム転生ものとして読めば、ゲームの知識を持っているからこそ、ゲームと現実の違いに向き合う面白さを味わえる作品です。
そして、ざまぁ好きの読者にも、ぜひ読んでいただきたい。
なぜなら、本作で否定されるのは、単なる恋愛のライバルではなく、人の意思を無視して人生の結末まで決めつける、物語の理不尽さそのものだからです。
攻略本に書かれたバッドエンドを、主人公が一人で覆すのではない。
大切な人と一緒に考え、確かめ、選び直していく。
そんな二人の未来を、最後まで見届けたくなる一作でした。
攻略本には、わたくしたちの未来は載っていません。
この言葉が、読み終えたあとには、ただの決意表明ではなく、物語そのものを象徴する言葉として胸に残ります。
決められた運命に抗う物語が好きな方。 誠実で、きちんと話し合いのできるヒーローが好きな方。 ヒロインを悪者にするだけでは終わらない、知性と温かさのある異世界恋愛が読みたい方。
ぜひ、アウレーリアとティツィアーノ殿下の物語を読んでみてください。
二人がこれから書いていく未来には、きっと攻略本にも載っていない、たくさんの幸せな出来事が待っているはずです。
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