婚約者は親ではありません。王家の責任を押し付けられた令嬢が下した、あまりにも当然の決断。
婚約破棄、王太子の愚行、身勝手な王家、そして最後に待ち受ける因果応報。
異世界恋愛やざまぁ系がお好きな方なら、こうした展開には思わず胸が躍るのではないでしょうか。
しかし、本作『子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。』は、よくある婚約破棄ものとは一味違います。
なにしろ、主人公が受けてきた仕打ちがあまりにも過酷。そして、その責任を取らされるべき人間たちの罪が、あまりにも重いのです。
読み終えたときに残るのは、単純な爽快感だけではありません。怒り、呆れ、そして「そりゃあ、国も滅びるわ……」という、ある種の納得感です。
物語の始まりは、王立学院の卒業パーティー。
王太子は、真実の愛に目覚めたと称して婚約者を断罪し、婚約破棄を宣言します。
婚約者である公爵令嬢ヴィミラニエは、無実の罪を着せられても、その場で激しく反論することはありません。
彼女はただ、疲れ切っていたのです。
この時点で、すでに何かがおかしい。
普通なら、婚約者を裏切った王太子に怒りを覚え、令嬢の反撃を期待するところでしょう。もちろん、本作でも王太子の愚かさには呆れます。
けれど、読み進めるほどに見えてくるのは、王太子一人の問題では済まされない、王家全体の腐敗でした。
そして一週間後。
国王に呼び出されたヴィミラニエは、婚約破棄の後始末をするどころか、今まで自分がどれほど理不尽な扱いを受けてきたのかを、淡々と語り始めます。
ここからが本作の真骨頂です。
国王は、息子の愚行を「子供のしたこと」として許すよう求めます。さらには、婚約者であるヴィミラニエにも、王太子を諫め、導く責任があったのだと主張するのです。
……いやいや、ちょっと待ってください。
王太子とヴィミラニエは、同じ十五歳ですよ?
なぜ同い年の子供が、王太子の保護者や教育係の代わりを務めなければならないのでしょうか。
しかも、王太子をまともに教育するべき大人たちは、一体何をしていたのでしょう。
この理不尽な責任転嫁に対するヴィミラニエの反論が、実に見事なのです。
相手の言い分を一つずつ拾い上げ、矛盾を突き、そっくりそのまま相手に返していく。
王太子が子供だから許されるというのなら、同じ年齢の自分も許されて当然ではないか。
婚約者が王太子を導くべきだというのなら、保護者や教育係は何のために存在するのか。
そして、何よりも印象的なのが、作品タイトルにもつながる一言です。
婚約者の務めは、王太子を支えること。王と王妃の子育ての失敗を尻拭いすることではない。
本当に、そのとおり!
読者が心の中で叫びたくなる言葉を、主人公が真正面から叩きつけてくれます。
しかし、ここで終わらないのが本作の恐ろしいところ。
ヴィミラニエが背負わされていた責任は、単なる婚約者としての役割を超えていました。
政務を顧みない国王。浪費と遊興に明け暮れる王妃。王太子に押し付けられた公務。さらには王妃が処理すべき大量の書類まで、ヴィミラニエのもとへ回されていたのです。
まだ十五歳の少女が、学院に通う時間すら奪われ、王宮でひたすら仕事をこなす毎日。
その一方で、仕事を押し付けた側の大人たちは、自分たちの責任を果たすこともなく、好き放題に振る舞っています。
しかも、彼女は十二歳の頃からそんな生活を強いられていました。
食事は満足に取れず、睡眠時間は一日三時間ほど。栄養失調と過労で、命の危険すらある状態にまで追い込まれていたのです。
ここまでくると、もはや婚約破棄の是非などという話ではありません。
これは、大人たちが自分たちの義務を放棄し、その負担を一人の少女に押し付け続けた結果なのです。
そして、ヴィミラニエを支えていたのは、彼女一人の努力だけではありませんでした。
彼女の父である宰相もまた、国を維持するために身を削って働いていました。
父娘がそれぞれ限界まで追い詰められていたという事実には、胸が痛くなります。
国を守るために働く者ほど疲弊し、責任を負うべき者ほど好き勝手に振る舞う。
こんな状態で、国がいつまでも持つはずがありません。
そして、ついに訪れる結末。
国王たちが自分たちの非を認めず、相変わらず身勝手な振る舞いを続けている間に、事態は取り返しのつかないところまで進んでいました。
宰相は国を見限り、騎士たちは辞表を提出し、使用人たちも王宮を去っていく。
国王が当然のように頼っていたものは、実は何一つ、当然に与えられるものではなかったのです。
国を支えていた人々が去れば、残るのは、責任を果たせない者たちだけ。
ここで描かれるのは、悪人を一人ずつ懲らしめるような、分かりやすいざまぁではありません。
自分たちの行いがどれほど周囲を傷つけ、どれほど多くのものを壊してきたのか。その結果として、自分たちが何を失うことになるのか。
それを突きつける、国家規模の因果応報です。
正直なところ、読み終えたあとには、これを単なるざまぁと呼んでよいのか迷うほどの重さがあります。
けれど、だからこそ印象に残るのでしょう。
ヴィミラニエは、王家を倒すために特別な力を振るったわけではありません。
彼女は、自分が背負う必要のない責任を拒み、理不尽な扱いを受け入れることをやめただけです。
それまで彼女が担っていたものが、どれほど大きかったのか。
彼女がいなくなったあとに残されたものを見れば、嫌でも理解できてしまいます。
そして、最後にもう一度考えさせられるのが、子育てと責任というテーマです。
子供が失敗すること自体は、決して珍しいことではありません。だからこそ、大人には子供を導き、失敗の責任を教え、必要なときには自ら責任を取る役割があるのでしょう。
それを放棄した大人が、子供に責任を押し付ける。
さらに、その子供と同年代の婚約者にまで尻拭いを求める。
そんな身勝手が許されるはずもありません。
本作は、婚約破棄というおなじみの舞台装置を使いながら、その裏にある責任の所在を徹底的に問い直す物語です。
理不尽な扱いを受けた令嬢が、ただ耐え忍ぶだけで終わらない物語を読みたい方。
自分の失敗を認めず、他人に責任を押し付ける権力者に、きっちりと報いが訪れる展開を読みたい方。
そして、目先の婚約破棄だけでなく、その原因となった人々の生き方や、社会そのものが崩れていく結末まで味わいたい方。
そんな読者にこそ、おすすめしたい一作です。
婚約者は親ではありません。
ましてや、王家の失敗をすべて引き受けるために生まれてきたわけでもありません。
その当たり前の事実を忘れてしまった人々が、最後に何を失うのか。
ぜひ、ヴィミラニエ自身の言葉で、その結末を見届けてください。
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