「彼女をどのような立場に置かれるおつもりですか」――その一言で決まる、王太子の未来
婚約者がいる王太子が、学園で出会った男爵令嬢に夢中になる。彼女こそ真実の愛の相手であり、政略で結ばれた婚約者など必要ない。だから婚約破棄だ!
……はいはい、またそのパターンですね。
と思いきや、本作はそこからが違います。
婚約者を断罪しようとする王太子も、涙ながらに反撃する公爵令嬢も、華々しい舞踏会での公開断罪もありません。あるのは、将来の王太子妃となるはずだったディートリンデの、たった一つの問いかけ。
「殿下、彼女をどのような立場に置かれるおつもりですの?」
この一言が、物語のすべてを動かしていきます。
いやあ、これぞ大人のざまぁ。派手な断罪劇が始まる前に、そもそも何が問題なのかをきっちり整理してしまう。読んでいて実に気持ちのいい作品でした。
そもそも、王太子の婚約者という立場は、ただ王太子に愛されていれば務まるものではありません。王家と貴族家の関係、後継者問題、側室や愛妾の扱い、そして将来の王妃として果たすべき責務。恋愛小説ではしばしば背景に追いやられがちな、そうした現実が本作ではきちんと物語の中心に据えられています。
ディートリンデが確認しているのは、ピーアへの嫉妬でも、恋敵への嫌がらせでもありません。
王太子が彼女をどうしたいのか。そして、その望みを実現するために何をしなければならないのか。
学園での恋愛に浮かれる王太子に対して、彼女は将来の王妃として必要な確認をしているだけなのです。
学生時代だけの恋人なのか。愛妾にするのか。側室として迎えるのか。それとも正妃にするつもりなのか。
どれを選ぶにしても、それぞれに制度上の条件があり、必要な手続きがあり、周囲への影響があります。愛があれば身分も制度も乗り越えられる、などという甘い話ではありません。
しかもディートリンデは、ただ選択肢を提示するだけでなく、側室を望むなら養子先の手配や教育まで考えている。自分の立場を理解し、相手の望みを実現するために必要なことまで見通しているのです。
それに対してランベルトは、彼女の言葉を嫉妬と侮辱だと受け取ってしまう。
この対比が本当に鮮やかです。
ディートリンデは王太子妃になるために必要なことを考えている。ランベルトは王太子である自分が何を望むかしか考えていない。
同じ会話をしているようで、見ている世界がまったく違うのです。
そして、ここで個人的に唸らされたのが、ディートリンデの問いかけが決して意地悪なものではないという点。
彼女は最初からピーアを排除しようとしていたわけではありません。側室という選択肢も、正妃という選択肢も、ランベルトが望むのであれば制度上の可能性を確認している。王太子の婚約者として、むしろ誠実に対応しようとしていたのです。
それなのにランベルトは、自分を愛しているはずの婚約者が、愛するピーアを馬鹿にしていると思い込む。
いや、誰がそんなことを言いましたか!
政略結婚なのだから婚約者も自分を愛していないかもしれない、という可能性すら考えない。自分は婚約者としての義務を十分に果たしていないのに、相手が義務を果たしていることは愛情の証拠だと解釈する。
この自分に都合のいい思い込みこそ、ランベルトという人物の致命的な欠陥なのでしょう。
一方のピーアも、なかなかに欲望に忠実な人物です。
王太子に愛されること自体が目的というより、王妃になって贅沢な暮らしを送り、自分を見下したと思い込んでいる高位貴族令嬢たちを見返したい。そのために恋愛小説さながらの手段でランベルトを夢中にさせる。
いわゆる「真実の愛(笑)」の相手として、実にわかりやすい存在です。
ただ、ピーアの欲望だけなら、まだ夢物語で終わったかもしれません。問題は、王太子自身がその夢を実現するために必要なことを何一つ理解していなかったこと。
身分の問題も、王家の制度も、婚約者との話し合いも、国王への相談も、何もかもすっ飛ばして「俺の妻となるのはピーアだけだ!」ですからね。
その結果、婚約破棄を宣言した本人が、婚約者を追い出すどころか自分自身の立場を失うことになるのです。
しかも本作の面白いところは、その場でディートリンデが華々しい反撃をするわけではないこと。
すでに国王夫妻への相談は済んでおり、騎士と宮内省の役人まで控えている。ランベルトが声を荒らげたところで、事態はもう彼の手の届かないところまで進んでいるのです。
ここで登場する宮内省正親局という部署も印象的でした。婚約や婚姻の問題にとどまらず、王籍の管理に関わる部署が出てきたことで、国王が何を見据えているのかが伝わってきます。
ただ婚約者を泣かせたから罰せられるのではない。王太子としての適性が問われ、その結果として王太子の座を失う。
まさに、恋愛のもつれではなく政治の問題として決着がつくのです。
そして、物語はランベルトの廃太子で終わりません。
ピーアは望んでいた贅沢な生活を手に入れるどころか、離宮から逃げ出す。ランベルトは愛した相手に去られ、やがて自分の立場と人生を振り返ることになる。
この結末がまた、じわじわと効いてきます。
ランベルトは公に罪人として裁かれたわけではありません。王太子として不適格だったから、その地位を失った。それだけです。
だからこそ、彼は最後まで「もしあのとき」と考えてしまう。
もしピーアを側室に望んでいたら。もしディートリンデと真摯に向き合っていたら。
しかし、その「もし」は、彼が王太子として必要な判断をしなかったからこそ生まれたものです。
そして、彼が失ったものは王太子の地位だけではありません。自分を支え得た婚約者との未来も、政治を理解する機会も、自分の望みを現実にするために必要だったはずの道筋も、すべて自ら手放してしまったのです。
対するディートリンデは、別の公爵家へ嫁ぎ、王太子妃となった義妹の相談役として活躍しているとのこと。
彼女はランベルトを破滅させるために人生を費やしたのではありません。自分の責務を果たし、必要な判断をし、その先の人生を歩んでいったのです。
この対照も実にいい。
相手を打ち負かすことを目的にしたざまぁではなく、自分の立場と能力を正しく理解している者が、相応しい場所で花開いていく物語なのですから。
最後にランベルトが漏らす「ディートリンデには面倒をかけたなぁ」という言葉も、なんとも言えません。
遅い。あまりにも遅い。
彼女が何をしてくれていたのか、どれほど自分を支え得る存在だったのか。それを理解した頃には、もう何もかもが手遅れなのです。
本作は、婚約破棄ものの定番を踏まえながら、断罪劇が始まる前に勝負を決めてしまう、静かで鮮やかな異世界恋愛・ざまぁ作品です。
大声で相手を罵倒する必要も、華麗な反撃を披露する必要もない。相手に現実を理解させるために必要なのは、たった一つの問いかけだった。
「彼女をどのような立場に置かれるおつもりですか?」
この質問に答えられない王太子に、国を背負う資格はあるのか。
読み終えたあと、思わずそう問い返したくなる一作でした。
派手な断罪よりも、人物の判断力や立場への理解、そして自業自得の結末を味わいたい方におすすめです。
真実の愛を語るなら、まず現実と向き合いましょう。
それができなかった王太子の末路を、ぜひ最後まで見届けてください。
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