お飾りの妻? いいえ、あなたたちが手放したのは侯爵家の未来を担う正統な後継者です!
「愛情は求めません」「最低限の敬意と、夫婦としての責任を求めているのです」
この主人公、ただ者ではありません。
今回ご紹介するのは、『ドアマット&お飾りにされそうな伯爵夫人、侯爵家の正統後継者につき』。
政略結婚で嫁いだ先に待っていたのは、愛人を堂々と囲い、妻をお飾り扱いする夫。しかも、その愛人は正妻の私室にまで勝手に入り込み、私物を自分のものにしようとする始末。
普通なら、こんな結婚生活に絶望して泣き寝入りしてしまってもおかしくありません。
しかし、主人公のマリアネラは違います。
彼女は、自分をないがしろにする夫にも、正妻の立場を軽んじる愛人にも、そして自分を不幸な結婚へと追いやった父親にも、毅然と立ち向かっていくのです。
しかも、その戦い方が実に痛快!
本作の魅力は、理不尽な扱いを受けた主人公が、ただ相手を罵倒したり、都合よく現れた誰かに救済されたりするのではなく、自分の権利を一つずつ確かめ、正規の手続きによって自分の人生を取り戻していくところにあります。
■ 妻をお飾り扱いする夫。その傲慢さが招く当然の結末
まず、マリアネラの夫であるフリオ・ラボイ伯爵がなかなかの人物です。
結婚したばかりの妻に対して、愛しているのは愛人のラモナだと堂々と宣言。妻には社交の場で伯爵夫人として振る舞うことだけを求め、屋敷のことにも財産のことにも口を出すなと言い放ちます。
その一方で、愛人には贅沢をさせ、妻の私物にまで手を出そうとする始末。
いやいや、ちょっと待ってください。
妻としての責任は押しつけるのに、妻としての権利は認めない。伯爵家の体面を保つために正妻の肩書きは必要だけれど、妻本人を尊重するつもりはない。
あまりにも身勝手です。
さらに厄介なのは、フリオ自身が自分の何がおかしいのか、まるで理解していないこと。
マリアネラが離婚を申し出ても、最初は本気にしません。侯爵家のお嬢様であっても、今は自分の妻なのだから、自分の言うことに従うのが当然だと思い込んでいるのです。
しかし、彼が忘れていたことがあります。
マリアネラは、彼の庇護がなければ生きていけない女性ではありません。
そして、彼が利用していた侯爵家との縁も、彼自身の実力で手に入れたものではなかったのです。
離婚が現実のものとなり、取引先が未払い金の精算を求め、掛け取引を打ち切り始めると、フリオはたちまち窮地に追い込まれます。
ここで気持ちいいのは、主人公が伯爵家に復讐するために何かを仕掛けたわけではないこと。
彼女は、ただ自分の権利を守り、婚姻関係を解消しようとしているだけなのです。
それなのに、彼女が去ることで、これまで隠れていた伯爵家の経営の問題が次々と表面化していく。
そもそも、妻を尊重せず、家計を顧みず、愛人への贅沢を優先してきたのは誰なのか。
その答えは明白です。
自分で築いたわけでもない信用を当然のように利用してきた男が、その信用を失ったときに何が起こるのか。
まさに、自業自得という言葉がぴったりの展開です。
■ 愛人もまた、伯爵という肩書きに夢を見ていた
フリオの愛人ラモナも、なかなか強烈です。
彼女はマリアネラをお飾りと見下し、自分こそがフリオに愛されているのだから、いずれ伯爵夫人になれると思い込んでいます。
ところが、彼女が本当に求めていたものは何だったのでしょうか。
フリオとの関係を誇らしげに語りながら、彼に経済的な余裕がなくなると、途端に不満を爆発させます。新しいドレスが買えない、宝石が手に入らない、伯爵夫人になれるという約束はどうなったのか。
二人が互いに相手を責め始める場面は、実に象徴的です。
フリオはラモナを愛していると言いながら、彼女に与える贅沢のために家の財産を削ってきた。ラモナはフリオを愛していると言いながら、彼が与えてくれる贅沢や伯爵夫人という立場に執着していた。
そして、その関係を支えていたものの一つが、マリアネラという正妻の存在だったのです。
彼女を見下し、追い出すことさえできると思っていた二人が、いざ彼女を失うと、自分たちの望んでいた未来を維持できなくなる。
相手を軽んじていた人間が、その相手の価値を失って初めて思い知る。
ざまぁ系が好きな読者なら、思わずニヤリとしてしまう展開ではないでしょうか。
しかも、マリアネラは彼らに向かって、いつまでも恨み言を並べたりはしません。
自分の人生を取り戻すために前へ進む。
その姿勢が、かえって彼女と彼らの違いを際立たせています。
■ 本当に厄介なのは、実の父親だった
さて、本作が単なる「ひどい夫と愛人を見返す物語」で終わらないのは、マリアネラを苦しめていた問題が、結婚相手だけではなかったからです。
彼女の父親であるイポリト・ガルドス侯爵。
実はマリアネラには、侯爵家の正統な後継者となる資格がありました。
ガルドス侯爵家では、代々受け継がれる固有魔法を持つことが家督相続の条件となっています。マリアネラはわずか三歳でその魔法を発現させ、幼いころから制御する力を身につけていました。
さらに、先代侯爵は彼女を正式な後継者として指名し、その記録も残していたのです。
ところが、父親は娘の才能を恐れていました。
自分を超える力を持つ娘が、有力な家の後ろ盾を得れば、自分の立場が脅かされるかもしれない。そんな思惑から、彼女に有利な縁談を遠ざけ、最終的には経営の傾いた伯爵家との結婚を押し通してしまいます。
娘の将来よりも、自分の地位を優先する父親。
しかも、結婚後に娘から助けを求められても、夫婦間の問題だから自分たちで解決しろと突き放します。
ここが、本作の人間ドラマとして非常に印象的なところです。
マリアネラが求めていたのは、父親に甘やかしてもらうことでも、何もかも代わりに解決してもらうことでもありませんでした。
彼女は、侯爵家の娘として、当主である父親に家の名誉を守るための対応を求めていたのです。
それすら拒絶されたからこそ、彼女は決意します。
もう、父親の許しを待たない。
自分の人生は自分で決める。
この決断によって、物語は結婚相手への対処から、侯爵家の後継者としての権利を取り戻す戦いへと進んでいきます。
■ 力を持つことと、正統な権利を持つこと
本作で特に面白いのは、マリアネラが自分の立場を取り戻すために、感情論ではなく記録と規則を武器にするところです。
彼女には固有魔法がある。先代侯爵による正式な後継者指名書もある。幼少期からの魔法の発現記録や制御記録も残されている。
さらに、母方の祖父母も証言に協力し、長年侯爵家の実務を支えてきた叔父のエリベルトが、必要な書類や手続きを整えてくれます。
誰かが「彼女こそ後継者にふさわしい」と声高に主張するだけではありません。
彼女が正統な後継者であることを示す根拠が、きちんと存在しているのです。
もちろん、父親が娘の権利を簡単に認めるはずもありません。
それでも、記録は消えません。
父親がどれほど不満を抱こうと、娘を遠ざけようと、先代侯爵の意思と彼女の持つ資格は変わらないのです。
そして、正式な確認の場で、マリアネラは自分自身の言葉で後継者としての権利を求めます。
誰かの後ろに隠れて守ってもらうのではなく、自分の意思で前に立つ。
この姿が、本当に頼もしい。
彼女は、父親の権限を感情的に否定しているわけではありません。父親にも固有魔法があり、当主となった資格そのものがなかったわけではないことを理解しています。
しかし、それと自分が正統な後継者として指名されていた事実は別の問題です。
必要なことを必要な手続きによって確かめ、認めさせていく。
この筋道の通った展開が、物語に独特の爽快感を与えています。
■ マリアネラを支える人々の温かさ
そして、忘れてはいけないのが、マリアネラの周囲にいる人々です。
特に叔父のエリベルトは、本作の良心ともいえる存在でしょう。
彼は、姪が困っているからといって、何もかも自分で決めてしまうことはありません。
離婚したいのか。侯爵家の後継者になりたいのか。
まずはマリアネラ自身の意思を確かめ、その決断を実現するために必要な手助けをしてくれます。
「君の人生だからな」という彼の姿勢が、とてもいいのです。
自分の人生を他人に決められ続けてきたマリアネラにとって、自分の意思を尊重してくれる存在がどれほど心強かったことでしょう。
母方の祖父母もまた、彼女の決断を受け止め、必要な証言を申し出ます。
こうした人々の支えがあるからこそ、マリアネラの物語は、単に孤独な女性がすべてを一人で背負い込む話にはなっていません。
誰かに人生を委ねるのではなく、自分で決める。そのうえで、信頼できる人々の助力を受ける。
自立とは、誰の手も借りないことではないのだと感じさせてくれます。
■ ざまぁの先にある、本当の幸福
本作の結末で心に残るのは、マリアネラが後継者として認められたあと、何を始めるのかという点です。
彼女を侮った夫と愛人は、これまでのような暮らしを維持できなくなりました。娘を遠ざけてきた父親も、自分の思いどおりに彼女を動かすことができなくなります。
けれど、マリアネラは、彼らが困窮する様子を眺め続けるために生きているわけではありません。
彼女が向き合うのは、侯爵家の帳簿、領地の管理、取引先との交渉、そして家に暮らす人々の生活です。
華やかな舞踏会で誰かを見返すことよりも、家を守るための地道な仕事を選ぶ。
そこに、本作の主人公らしさがよく表れています。
彼女が欲しかったのは、誰かを打ち負かしたという満足感だけではありません。
自分の力を正しく認められ、自分の意思で未来を選び、その選択に責任を持って生きていくこと。
お飾りの妻として扱われていた女性が、今度は自分の判断で家を率いる立場へと進んでいく。
その変化こそが、最大のカタルシスなのです。
恋愛の甘さを前面に押し出す物語とは少し違いますが、理不尽な結婚からの脱出、身勝手な人々への因果応報、そして自分の人生を取り戻す女性の物語が好きな方には、ぜひ読んでいただきたい一作です。
マリアネラは、誰かに選ばれるのを待つ女性ではありません。
自分の価値を他人に決めさせず、自分の権利を自分で確かめ、自分の未来を自分で選び取る女性です。
そして最後には、誰かの都合に合わせるためではなく、自分が守りたいもののために力を尽くしていきます。
「お飾りの妻」などと侮っていた人々は、彼女が本当は何者だったのかを思い知ることになる。
けれど、彼女自身は、もう彼らの評価など必要としていません。
自分の人生を決める権利は、最初から自分の手にあったのですから。
理不尽な扱いに耐え続けるだけの主人公では物足りない方。
自分の力と正当な権利で道を切り開くヒロインが好きな方。
そして、身勝手な人々が自らの行いの結果に直面する、筋の通ったざまぁ展開を読みたい方。
そんな読者におすすめしたい、マリアネラの再出発の物語です。
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