ざまぁのその先にあるもの――「真実の愛」に酔った男と、幸せを手に入れた元婚約者の物語
「真実の愛に目覚めたので、婚約者を捨てます!」
異世界恋愛の定番中の定番。婚約破棄ものを読み慣れた方なら、この一文だけで、その後に何が起こるのか、ある程度予想できるのではないでしょうか。
しかし、本作の面白さは、婚約破棄そのものではありません。
婚約破棄に失敗し、婚約者を失い、家督継承権も失い、真実の愛のお相手との結婚生活まで思い描いたものとは違ってしまった男が、五年後になってもまるで何も理解していなかったこと。そして、そんな男が自分勝手な夢を抱いて元婚約者のもとへ押しかけた結果、待ち受けていた現実のあまりにも容赦ないことにあります。
主人公ナルシスは、ある意味で実に見事なテンプレざまぁ男子です。
自分の美貌に絶対の自信を持ち、自分が望めば周囲は思いどおりに動くと信じている。婚約者のシャンタルよりも、天真爛漫な男爵令嬢アンナとの恋こそが真実の愛だと舞い上がり、婚約者に罪を着せて婚約破棄を宣言する。
ところが、悪事はあっさり暴かれ、冤罪を仕掛けたはずの相手にはきっちり身の潔白を証明され、自分の不貞まで明らかになる始末。
ここまででも十分に因果応報なのですが、本作はそこで終わりません。
五年の歳月が流れても、ナルシスの頭の中は相変わらずお花畑。
自分が捨てたシャンタルは、年上の男に無理やり後妻にされ、不幸な生活を送っているに違いない。きっと自分が迎えに来るのを待っている。ならば救い出して再婚すれば、自分は再び伯爵家の後継者に返り咲ける!
……いや、どうしてそうなる!?
読んでいるこちらは思わずツッコミを入れずにはいられません。
しかも、彼の頭の中では、シャンタルを迎えに行くことが彼女のための救済になっているのです。自分が彼女に何をしたのか、自分の行動によって彼女がどれほど傷ついたのか、そもそも彼女が自分をどう思っていたのか。そんなことには、まるで思い至りません。
自分が困っているから助けてほしい。それを「愛」や「救済」という美しい言葉で飾り立てているだけなのです。
この自己中心ぶりが、あまりにも徹底している!
そして、そんなナルシスを迎え撃つのが、シャンタルの継娘エヴリーヌです。
ここがまた、実に気持ちいい。
エヴリーヌにとってシャンタルは、単なる父親の再婚相手ではありません。かつて憧れた理想の貴族令嬢であり、自分たち家族に幸福をもたらしてくれた大切な母親です。血のつながりこそなくとも、実の母親以上に敬愛する存在なのです。
だからこそ、シャンタルを傷つけた過去の婚約者が、よりにもよって自分勝手な理屈を振りかざして再び現れたとなれば、黙っていられるはずもありません。
礼儀を知らず、立場もわきまえず、侯爵令嬢であるエヴリーヌにまで無礼な態度を取るナルシス。そんな相手に、エヴリーヌが一つ一つ現実を突きつけていく展開は痛快そのものです。
そして何より、彼女の後ろには、弟リュシアンをはじめ、シャンタルを心から慕う家族が控えています。
家族の誰もがシャンタルを大切にし、彼女を傷つける者には容赦しない。継子たちが継母を慕い、継母もまた子どもたちを愛している。そんな温かな家族の姿があるからこそ、ナルシスの身勝手さがいっそう際立つのです。
さて、そんな家族の前に、ついに真打ちが登場します。
シャンタル本人と、その夫オクタヴィアンです。
ここからの展開は、ぜひ実際に読んで味わっていただきたいところ。
ナルシスが勝手に思い描いていた「不幸な元婚約者」と「彼女を救い出す自分」という構図は、現実を目の当たりにした瞬間、音を立てて崩れていきます。
美しく気高いシャンタル。彼女を深く愛し、惜しみない愛情を注ぐ夫。そして、仲睦まじい家族の姿。
ナルシスが想像していたものとは、何もかもが違うのです。
特に印象的なのは、シャンタル自身の言葉です。
彼女は、ナルシスとの婚約を恋愛とは別のものとして受け入れていました。そして、婚約者だったころも、今も、彼に恋したことは一度もなかったと告げます。
これがまた、実に鮮やかな一撃なのです。
ナルシスはずっと、自分が選んだ相手なのだから相手も自分を愛している、自分が望めば関係は元に戻せると思い込んでいました。しかし、そもそも彼が大切にしていたつもりの関係は、彼の頭の中にしか存在していなかったのです。
彼が失ったのは、愛してくれる女性ではありません。自分が勝手に「自分を愛しているはずだ」と決めつけていた女性でした。
一方、シャンタルはすでに自分の人生を歩んでいます。愛する夫がいて、自分を慕う子どもたちがいて、守りたい家族がいる。かつての婚約者がいなくても、彼女の人生は十分に幸福なのです。
この対比が、本作のざまぁを単なる転落劇では終わらせていません。
相手が不幸になることだけが、ざまぁではない。自分を傷つけた相手など必要とせず、幸せな人生を築いている姿を見せつけることもまた、何より鮮やかな決着なのだと思います。
そして、物語の最後まで描かれるナルシスの姿が、これまた徹底しています。
すべてを失ってもなお、自分が悪かったとは思わず、誰かが助けに来てくれることを期待している。あれほどの現実を突きつけられても、自分の罪と向き合うことができないのです。
だからこそ、彼の結末には、単なる懲罰とは違う皮肉が漂います。
自分を特別な存在だと信じ続けた男が、最後には自分の力で生きていかなければならない。まさに、自分が選んだ道の先に待っていたものを、自分自身で引き受けることになるのです。
婚約破棄、冤罪、因果応報、華麗な家族愛、そして元婚約者への未練をこじらせた男の自滅。
ざまぁ系のおいしいところを味わいつつ、最後にはシャンタルたちの幸福にほっこりできる一作です。
テンプレ展開が好きな方なら、ナルシスの言動にツッコミを入れながら、エヴリーヌたちの容赦ない応対にニヤニヤし、シャンタルとオクタヴィアンの夫婦愛に頬を緩めること間違いなし。
「真実の愛」を掲げて婚約者を捨てた男と、そんな男など必要とせず、もっと大きな愛に包まれて生きる女性。
その鮮やかな対比を、ぜひ最後まで見届けてください。
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